【書評】『彭明敏 蒋介石と戦った台湾人』/近藤伸二・著/白水社/2750円
【評者】川本三郎(評論家)】
台湾にこんな硬骨漢の政治家がいたとは。彭明敏(ほうめいびん)。この名前は、一九九六年、台湾で初の総統直接選挙が行なわれ、国民党の李登輝が当選した時、対抗馬の民進党の候補として記憶にあるが、恥しいことにその人物についてよく知らなかった。本書を読んで一貫して台湾の民主化に力尽してきたと知り、深く感動した。
日本統治時代の一九二三年生まれ。東大の法学部を出て戦後、台湾に戻り、大学教授となった。本省人で、国民党の支配に疑問を持ち続けた。経歴は同じ本省人の李登輝に似ている(同年生まれ)。
ジャーナリストの著者は、九十歳を過ぎても元気に台湾の民主主義のために活動するこの彭明敏に何度かインタビューして本書を書き上げた。熱がこもった力作。
よく知られるように台湾は長く国民党の独裁が続き、批判勢力は弾圧されていた。戒厳令下、白色テロが横行した。彭明敏は法学者としても国際的に知られていて、国民党は彭を体制内に取り込もうとした。しかし彭は決して国民党に入党しなかった。そればかりか困難な状況下、一九六四年、二人の若い仲間とひそかに国民党を批判し、台湾の民主化を願う文書(「自救宣言」)を作成し、世に問おうとした。
しかし、印刷業者などに密告され、逮捕された。一年後、特赦で保釈されたが、当局の厳しい監視の下に置かれた。政治生命を断たれたかと思われた時、彭は思い切った決断をする。海外への脱出、亡命(一九七〇年)。このくだりは関係者によく取材が行なわれていて臨場感があり、はらはらする。
在台湾のアメリカ人牧師やスウェーデンのアムネスティ、さらに驚くことに日本人の有志のひそかな連携によって命がけの脱出劇はみごとに成功する。彭と一面識もなかった日本人がいわば男気から彭を助けてゆく姿には心打たれる。近年読んだ、もっとも面白いノンフィクション。ジャーナリストならではの粘り強い取材力に敬意を払いたい。
※週刊ポスト2021年7月2日号