ここに4点の写真がある。春のお花見、夏祭り、秋の紅葉狩り、冬の温泉旅行――親子3人の笑顔があふれる。
これは、2019年4月19日に起きた池袋暴走死傷事故(高齢者が運転する車が次々と通行人をはね2人が死亡、9人が重軽傷)で命を奪われた松永真菜さん(当時31才)と莉子ちゃん(当時3才)、そして遺族となった松永拓也さん(34)の幸せな日々に撮影した家族写真だ。
6月21日、初めて遺族である松永拓也さんが被告人質問に臨み、運転していた旧通商産業省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(90)=自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われ公判中=と法廷でこのようなやりとりをする場面があった。
<松永さん> 亡くなった私の妻と娘の名前を言えますか。
<飯塚被告> まなさんとりこさんです。
<松永さん> 漢字で書くとどういう字ですか。
<飯塚被告> 「真」という字に、記憶は定かではないが、菜の花の「菜」。りこさんは難しい字なので書いてみることができない。申し訳ありません。
<松永さん> あなたは裁判の中で、一度も妻と娘の名前を言っていないのですが、理由は何ですか?
<飯塚被告> 今までそういう機会がなかったと思っております。
<松永さん> 証拠の中に生前の妻と娘の写真が複数枚ありますが見ていますか?(=編集部註・冒頭の4点を含む写真)
<飯塚被告> はい、拝見しました。
<松永さん> どんな写真でしたか?
<飯塚被告> 家族でご一緒の楽しそうな写真だったと思います。
<松永さん> 具体的には?
<飯塚被告> 例えば、クリスマスの時にお菓子を片手にとっていた写真があったような。
<松永さん> その写真を見てどう思いましたか?
<飯塚被告> かわいい方を亡くしてしまって、ほんとうに申し訳ないと思っています。
<松永さん> 他に覚えている写真はありませんか?
<飯塚被告> はい、3人で撮られた遊園地だかプールだったか覚えていませんが、楽しそうな写真を拝見したと思っています。
この日の第8回裁判を終えて、松永さんはこう語った。
「命を奪った人間の名前が難しいんですか。証拠として提出した写真にクリスマスのものも遊園地のものもありません。写真に番号を貼り、その番号に写真の詳細を書いて提出したので、しっかり見ていれば間違えようがないです。残念ながら、彼の、命に対する認識はその程度だったということです」