全国屈指の温泉地・熱海で、多くの命が失われる土石流災害が発生した。太平洋に面した熱海の街には、平地はほとんどなく、市街地や住宅地は急傾斜地に密集している。つまり、どの高さにあっても海を一望することができるのだ。しかし、そのメリットは、災害に弱いという側面も持ち合わせている。
土石流が発生した逢初川流域は、静岡県によって「土石流危険渓流」に、周辺一帯は「土砂災害警戒区域」に指定されていた。2004年の台風22号では、土砂崩れで民家1棟が半壊し、住民1人が頭にけがをするという被害も発生した。一般財団法人砂防・地すべり技術センターの研究顧問・池谷浩さんが指摘する。
「熱海一帯の土地は、湯河原火山や熱海火山からの噴出物や火山灰が積み重なった地質。これまでも何度か土石流が発生し、現在の地形を作ってきました。またいつ土石流が発生しても不思議ではない場所でした」
土石流を目撃した住民は、皆口を揃えてこう話す。「黒い土砂が流れるように押し寄せた」と。山口大学農学部教授で土砂災害を研究する山本晴彦さんが解説する。
「火山灰に雨水が混ざると、黒い泥のようになる。このような土石流は『泥流型土石流』と呼ばれ、砂や石、岩などが水と一体となって流れる『砂礫型土石流』に比べ、流れるスピードが速いという特徴があります」
その速度は、果たしてどの程度だったのか。災害情報学者で静岡大学防災総合センター教授の牛山素行さんはこう分析する。
「災害現場にいた住民のかたが撮影した動画と地図を照らし合わせて確認すると、秒速12m、時速にすると40kmほど出ていたのではないかと思います」
真っ黒な土石流は、車のようなスピードで住宅街に押し寄せた。2km先にわずか数分で到達する“土津波”からは、高齢者はもちろん、足に自信のある若い人でも、逃げ切るのは難しいだろう。
さまざまな理由で避難を遅らせた人も多かった。土砂崩れが起こるちょうど1日前の2日午前10時、熱海市は大雨・洪水警戒のレベル3である「高齢者等避難」を発令。しかし、全住民に避難を呼びかけるレベル4の「避難指示」を出したのは、土石流が発生した直後と後手に回ってしまった。また、高齢者だからこそ、避難しなかった人も。
「もともと熱海は高齢者の多い地域ですが、コロナ禍という現状もあり、避難を控えた人も多かったのではないでしょうか。ただ、こうした場合は避難を最優先するよう、自治体は強く指示するべきでした」(山本さん)
国内屈指の観光地であることが、災害への警戒を緩くしていたという近隣住民もいる。
「観光業で成り立っている熱海には、“ここは危険な土地です”という発信をしにくいという事情があるのです」(地元観光業者)
また同じような被害を生まぬためにも、細かな検証が必要になりそうだ。
※女性セブン2021年7月22日号