【書評】『ディズニーとチャップリン エンタメビジネスを生んだ巨人』/大野裕之・著/光文社新書/990円
【評者】嵐山光三郎(作家)
ミッキーマウスのモデルはチャップリンであった。チャップリンより12歳下のディズニーは、チャップリンにあこがれて素人チャップリン物真似コンテストで1等になり、賞金2ドルを獲得した。
山高帽にだぶだぶのスボン・大きな靴とステッキという「放浪紳士」のキャラクターは人気を得て、偽チャップリン(模倣キャラクター)が出たが、チャップリンは訴訟を起こして全面勝訴し、「キャラクター権利」が誕生した。
ふたりが会ったのは一九三二年で、ディズニーの映画を見ていたチャップリンは「君はもっと伸びる。君の分野を完全に征服する時が必ず来る」と予言した。「チャップリンがミッキーマウスを選ぶ」という新聞広告や「ミッキーマウスにブーケを捧げる漫画」(この絵は新書の表紙になっています)が評判になった。チャップリンほどのスターが、ミッキーマウスに花を贈るんだから、こりゃ大変な事件でした。
ディズニーはチャップリンの熱烈な信奉者だった。チャップリンが納得のいかない演技をできるまでくり返したように、ディズニーも徹底して作り直した。チャップリン『モダン・タイムス』(一九三六)の併映短編は『ミッキーのポロチーム』といった蜜月が続き、ディズニーの『白雪姫』が世界的ヒットとなった。
しかし、二人の黄金時代は戦争によって別れをむかえる。ナチスがチャップリンの映画『黄金狂時代』に噛みついた。チャップリンとディズニーはともに知識階級の出身ではない。とくにチャップリンはほとんど学校へ行っていない。ディズニーはインテリぶらず「気のいいアメリカのおやじ」になろうとした。
第二次世界大戦が終わると、平和論者チャップリンは「共産主義的」とみなされてアメリカを追放された。ディズニーのフロンティア精神とチャップリンの平和主義は正反対の方向へとむかっていく。放浪と定住。闘争と建設。理想と現実。そういった永遠のテーマを語りかける渾身の力作だ。
※週刊ポスト2021年7月16・23日号