ゆかしいトラとミケの暮らしを描く女性セブンの連載マンガ『トラとミケ』の単行本第3巻&LINEスタンプが発売になった。さらに、この夏にはアニメ化され、Twitterで配信される予定だ。そんな『トラとミケ』の魅力について、将棋棋士の杉本昌隆が語った。
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まるで映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のネコ版。昭和の街並みが非常に細かく再現されているのと、やっぱり名古屋人としては名古屋飯がふんだんに出てくるのがうれしかった。五感を刺激される作品だなと思いました。
ぼくは生まれた時からほぼ50年間、名古屋で暮らしています。どて煮と味噌おでんが大好きなんです。特に味噌おでんは、店のメニューにあったら必ず注文します。家庭で作ると味噌が鍋に真っ黒にこびりついて洗うのが大変だから、外で食べるんです。ちなみにぼくのイチオシは卵です。
数ある食べ物の描写で特に心に残ったのが、第26話「長閑の候」。
トラとミケの幼い頃の話ですが、亡き父が「ながらみ」という巻貝の塩ゆでから、つまようじでスルリと身を取り出してみせる。育ちざかりの娘たちはもりもりと食べ、父がそれを優しい顔で黙って見ているシーン。
ここで思い出すのが、ぼくが小学6年生の時に弟子入りした板谷進九段との食事風景です。当時、トラとミケの父のように貫禄があった板谷師匠と、あの巻貝を食べたことがあるんです。師匠も、つまようじを身に刺してうまく回転させながら取り出してくれましたね。
通い弟子だったんですが、将棋教室が夜の9時頃に終わると、師匠がまさに「トラとミケ」のような居酒屋に連れていってくれたんです。師匠はいつも「お前はどんどん強くなるんだから、飯もたくさん食わなきゃダメだ」と次々料理を注文してくれました。ぼくがエビフライを食べていると、「しっぽに栄養があるんだから、残しちゃだめだぞ」なんて教えてくれたものです。
私も弟子の藤井聡太二冠とはよくご飯を食べに行きます。ある時、ユキさんのやっている「白樺」みたいな喫茶店に入った際、彼のクリームソーダの飲み方を何気なくアドバイスしたこともありましたね。師匠と弟子ってある意味、親子のような関係ですから、そうした細かい日常の注意も結構するんですよ。
と、ぼくの場合は食べ物のシーンでさまざまなことを思い出したわけですが、味噌おでんをはじめ名古屋飯をまだ食べたことがないかた、ぼくはいつも、人生の半分を損していますよって思うんです。
ぜひ『トラとミケ』を読んで、名古屋に来て本場の味を知ってもらいたいと思います。
【プロフィール】
杉本昌隆(すぎもと・まさたか)/棋士。1968年、名古屋市生まれ。現在も名古屋市在住で、日本将棋連盟非常勤理事を務める。弟子に、藤井聡太二冠がいる。
※女性セブン2021年7月22日号