【書評】『牧師、閉鎖病棟に入る。』/沼田和也・著/実業之日本社/1430円
【評者】香山リカ(精神科医)
僧侶や牧師など“聖職者”たちへの私たちの期待はいまだに大きく、葬儀などではその話をありがたく感じることもしばしばだ。教会の牧師である本書の著者も病院にいる信徒を見舞い、「神と共に在る」と祈ることもあるという。
しかし、聖職者もひとりの人間。当然、病気になることもある。それが、この牧師の場合はメンタルの病気だった。仕事の行き違いから激しい興奮状態に陥った著者は、妻と相談して精神科の病院への入院を希望するが、主治医がすすめたのは病棟の入り口が施錠されている閉鎖病棟であったのだ。
読者にとってはおそらく、閉鎖病棟の生活そのものも興味深いだろう。そのあたりは実際に本書で確かめてもらうとして、私にとって印象に残ったのは、著者を慕って集まる若い入院患者たちの様子だった。そこは職業病なのか、自分も入院中なのに、妹を金づちで殴った、リストカットを繰り返したという少年たちに、彼は簡単な勉強や読書の楽しみを教え始める。
しかし、看護主任はそんな牧師に冷たく言う。「ここは病院なんでね。学校じゃないんです」。牧師は、きつい仕事で疲労しているスタッフに同情しながらも、強化ガラスに囲まれたナースステーションが「社会の内側」で、自分たちのいる閉鎖病棟は「社会の外側」だと感じる。
ただ、主治医は患者である牧師と真剣に向き合い、ときには「喧嘩腰でやりあい」ながら対話をしてくれた。その中で、牧師は聖書からも距離を置き、仏典や日本の古典をじっくり読みながら、少しずつ自分を取り戻していく。
「わたしもまた、弱い一人の人間に過ぎなかった」。回復した後、牧師は言う。「あたりまえだろう」と思うかもしれないが、スマホを操り競争社会を生き抜く中で、意外にそのことを忘れていないか。「私は“社会の内側”から落ちこぼれるわけはない」とたかをくくってはいないか。「閉鎖病棟なんて無縁の場所」と思わずに、ぜひこの牧師のやさしい語りに耳を傾けてみてほしい。きっと気づくことがあるはずだ。
※週刊ポスト2021年7月30日・8月6日号