57年ぶりとなった東京五輪2020の開会式では、懐かしのメダリストたちが聖火ランナーを務め、再び国民を沸かせた。しかし、なかには表舞台から消えたままの「過去の英雄たち」もいる。記憶に刻まれたあのメダリストは今──。(文中敬称略)
当時世界最強と言われたソ連のアリ・アリエフに必殺のタックルを決めて日の丸を揚げたレスリング(フライ級)代表・吉田義勝や、日本レスリング史上最強と呼ばれた渡辺長武(フェザー級)とともに1964年の東京五輪レスリングにおける「金メダルトリオ」となったのが、バンタム級の上武洋次郎だ。
準決勝では脱臼した肩を試合中に自ら入れ直して激戦を制し、そのまま決勝に臨み優勝。白い包帯を巻きながら表彰台に上がる姿が国民の心を打った。
「集中していたので決勝では痛みは全く感じませんでした。翌日の会見で『今朝の晴れ晴れとした空のような気持ちです』と話したのを今でも鮮明に覚えています」(上武・以下同)
1968年のメキシコシティー五輪も制し、日本人史上初となる2大会連続の金メダルを獲得したレスリング界の英雄は、引退後に全く別の道に進んだ。
「妻の実家のホテル業を継いだんです。五輪連覇で自分のやりたいことをやり切ったので、未知の世界に入るのも面白いかと、きっぱり決断しました」
金メダルを故郷の群馬県邑楽町に寄付し、退路を断って始めたホテル経営は苦難の連続だったという。
「レスリングと違って商売は大変でした。ちょうど旅館をホテルにリニューアルした頃で銀行から借り入れがあり、従業員も集まらなかった。
その苦境を何とか乗り切り、今は事業を引き継いだ息子が足利市を中心にニューミヤコホテルを3軒経営し、私は相談役としてバックアップしています。苦しかった時期は今となってはいい思い出だけど、二度と戻りたくありません(苦笑)」
※週刊ポスト2021年8月13日号