2017年の年間ベストセラー総合第1位になった『九十歳。何がめでたい』に続く、佐藤愛子さんの最新&最後のエッセイ集『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』が8月6日に刊行された。医学博士・解剖学者の養老孟司さんが、このエッセイ集について綴る。
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いまの日本は、現状に満足せず、「あれがない、これがない」と文句や要求の多い高齢者が多いように感じます。また一方では、自社ロケットで宇宙旅行に行くような、あくなき欲求を追求する人も……。一見全く違う彼らを見て思い浮かぶ1つの言葉は、「自足」──足るを知る、ということがないわけです。
その点、佐藤愛子さんは、自足した老人の典型でしょう。自分がいちばん居心地がいい状態をよくご存じなのです。今回の『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』を読むと、そうした自足の精神が全体を通して伝わってきます。
象徴的なのは、「算数バカの冒険」「不精の咎」「今になってしみじみと」の3編にわたる、別荘建築の話です。佐藤さんが北海道に別荘を建てている途中、業者の手違いで予算が足りなくなった。そこで作りかけの二階工事を中断して、天井や内壁がないまま家を完成させた──そんないきさつがユーモラスに綴られた後、こう続きます。
《あれから四十五年経った。(中略)天井はなくても屋根がある。内壁はなくても外壁があれば雨風が吹き入ることもない。ここは夏の家だ。冬は来ない。だからこれでヨイのである。私は満足して毎年の夏を楽しく過した》
このエピソードからも分かるように、佐藤さんは業者の手違いを責め立てることなく、成り行きに任せました。佐藤さんは、人にあれしろ、これしろ、といろいろ要求しませんし、万事、自分にとって問題がなければいい。そんな一貫性が感じられます。私にはそこが、読んでいてとても気持ちいい。だから佐藤さんは人気があるんだと思います。
佐藤さんは最後の一編「さようなら、みなさん」で断筆宣言をなさいます。その理由として、思うように書けなくなったことなどを挙げられていますが、それだけではないでしょう。その前に書かれた「小さなマスク」の中で、安倍首相(当時)のコロナ対策について《イッパツ、ドカンとやってくれませんか》という依頼を受けた佐藤さんは、《世間では悪口、批判、文句のたぐいは佐藤愛子の専売と思っているかもしれないが、もはや老耄への道をひた走る佐藤にはそのエネルギーはない》と明かしています。あれしろ、これしろ、ではないこの心境、私はよくわかるんです。佐藤さんより14歳年下ですが、最近はもうヘトヘトですから。