眠れないまま朝を迎えるつらさは、本人にしかわからないもの。そんなとき、頼ってしまうのが睡眠薬だろう。しかし、何も知らずにのみ始めた薬が、その後の生活を大きく変えてしまう恐れもある。危険な副作用や依存のリスクがある一方、安全性の高い薬もあることを心得ることが快眠への近道だ。
気温が25℃を超えると睡眠障害に陥る人が一気に増えるといわれる。睡眠時間は同じでも、睡眠の質が悪いと、翌日に疲れが残り免疫力の低下につながる。
そもそも日本人は、世界で最も睡眠時間が短い。経済協力開発機構(OECD)によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分。加盟国30か国中でワースト1位だ。睡眠不足が積み重なると、やがて体や心の不調につながり、睡眠障害の原因となることもある。
眠れない苦しさから逃れるため、10年以上、睡眠薬を服用しているという松田直子さん(仮名・65才)はため息をつく。
「義理の母が倒れてから、介護疲れやストレスが増えて、布団に入っても眠れなくなりました。病院で睡眠薬をもらうと眠れるのですが、寝ても疲れが取れない感覚になることが多くなり、薬の量も種類も増えました。いまは、3種類ほどを服用しています」
睡眠薬の依存状態に陥ってしまうと、複数の病院をはしごして、多剤併用する人もいる。安易な服薬は、命にかかわる危険もあるのだ。
強制的に眠る薬で依存症になる
一般的に、睡眠薬は「ノックダウン型」「非ノックダウン型」の2種類に分けられる。
ノックダウン型とは、その名の通り服用すると瞬時に眠りにつく。かつては、麻酔薬として開発された「バルビツール酸系」がその代表だったが、自殺用途に用いられるほど危険なことから、現在は一般的に処方されることはなくなった。
同じノックダウン型の中で、それに代わって登場したのが「ベンゾジアゼピン系」「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれる睡眠薬だ。米スタンフォード大学医学部の教授で日本睡眠学会専門医の西野精治さんが言う。
「これらは、もともと抗不安薬として使われていたもので、脳の活動を全般的に鎮静化させる働きがあります。決して、自然な睡眠をもたらす薬ではありません」
ベンゾジアゼピン系の睡眠薬には、トリアゾラムやエチゾラムなどがあるが、どちらも作用時間が短い“短期集中型”の薬で、その分、依存性は強くなる。雨晴クリニック副院長で睡眠専門医の坪田聡さんが指摘する。
「作用時間が短いものほど体に耐性ができて、同じ量では眠れなくなり、しだいに量が増えていきやすい。だからといって、急にやめようとすると不眠が悪化する問題点もある。服用には細心の注意が必要です」