熊本駅から車で40分ほど行くと、畑の中にぽつんと佇むように、松田医院和漢堂がある。9年前に日本で初めて「薬やめる科」を設立して以来、降圧剤、高コレステロール薬、糖尿病薬、鎮痛剤、睡眠薬など様々な薬をやめたい患者が日本中から集まるようになった。
同科を作った理由を松田史彦院長はこう語る。
「いまの医療は内科、外科、泌尿器科など専門分野に細分化しています。それにより医療、医学は発展しましたが、患者さんは複数の科を受診することになった。それぞれで数種類ずつ薬をもらうと、結果的に多くの薬を飲むことになる。受診してきた患者さんのなかには24種類もの薬を飲んでいた例がありました。
医師は『治療=薬を出すこと』と医大で教わってきましたし、患者さんも『治療=薬を飲むこと』と考えている。いまの医療は薬の足し算ばかりなので、引き算が必要です。こうした多剤併用をやめるために『薬やめる科』を作りました」
松田院長は受診してきた患者に、どこの病院で、どれだけの薬を処方されているかを確認することから始める。
「そもそも身体の不調が多剤併用によって起こされている症例が多いと考えています。たとえば、降圧剤を長年服用していた患者さんが、咳が止まらないので咳止め薬も飲んでいましたが、降圧剤のACE阻害薬をやめたら咳が止まった例があります。
ほかにも、足がつると言って来院した患者さんは降圧剤のカルシウム拮抗薬をやめたら痙攣が止まった。医師のなかには薬の効果しか知らず、副作用に無知な人も多いのが実情です。まずはこうした身体に不調を及ぼしているであろう薬を見極めていきます」
薬を減らす上で難しいのは、患者の意識を変えることだという。
「長年薬を飲み続けている患者さんの多くが、薬を減らすことを怖がります。『降圧剤を飲まないと、大変なことになる』という刷り込みがあまりに強い人の場合、薬をやめたことによる不安で精神に不調を来すことがあります。
まずはその不安を取り除くことが治療の第一です。患者さんが真に求めているのは“断薬”ではなく“安心”であり、どうしても不安をぬぐいされない人には減薬や断薬は無理に勧めません。
現代人の“薬信仰”は根強く、大した症状もでていないのに“予防”と称して市販薬を飲んだり、以前まで医師が処方していたスイッチOTC薬を“よく効くから”と安易に手を出したりする人は多い。時間をかけて少しずつ薬を減らし、それによって体調がよくなることを実感してもらって、安心につなげていきます」
ただ、松田院長の理念は、全ての薬を否定しているわけではない。緊急時の治療や短期間の痛みを抑える薬など、必要と判断した場合は積極的に処方するという。「問題は長期間にわたって薬を飲み続けたり、多剤併用すること。漫然と多剤併用している薬の9割はやめられると考えています」と松田院長は念を押す。