【書評】『誰もが知りたいQアノンの正体 みんな大好き陰謀論II』/内藤陽介・著/ビジネス社/1650円
【評者】関川夏央(作家)
アメリカの「国体」を変えかねないまでに成長したネット内集団「Qアノン」とは何か。Qは「最高機密」の意。アノンは「アノニマス」つまり匿名。二〇一六年に登場してトランプを当選させる力となり、二〇二〇年の選挙は「盗まれた」と叫んで、二一年一月六日、大挙して議事堂を占拠した。
Qアノンは、グローバリズムと中国と移民を憎む。自分たちが恵まれないのは、有力者たちの闇の国家「ディープ・ステイト」がアメリカを牛耳っているからだという「情報」を流す。民主党は「小児性愛者」の巣窟で、ワシントンのピザ屋の地下に子どもたちを監禁しているというデマを拡散する。
Qアノンで「真実」を知り「覚醒」した、と自信を深める彼らだが、ネット広告とおなじで本人が欲しがる「情報」、信じたいフェイクをAI(人工知能)は上位に上げてくるのだから、全員が「トンデモ情報」の受信者にして発信者、そして拡散者である。
「どれほど荒唐無稽な言説であろうとも、その集団が伝統的に共有している文化的ないしは心理的な背景に刺さる内容であれば、それが受け入れられる可能性はそれなりにある」と内藤陽介がいうのは、キリスト教的「終末論」だ。
トランプがQアノンを信じていたかどうかはわからない。その問いには答えず、ただ「彼らも愛国的な人々だ」とだけコメントした。人格・態度には大いに問題がありそうなトランプだが、「郵便切手」から国家・地域の文化を読み解く郵便学者である著者は、その政策の多く、とくに中東の緊張緩和、中国の少数民族迫害への制裁は有効だったと評価する。
だが投票集計機がトランプ票をバイデン票に置き換えた、とQアノン的主張を繰り返したトランプの女性弁護士は、集計機の会社から千四百億円の損害賠償を請求されたとき、「私のいったようなたわごとを信じるのは頭のおかしい人間だけだから、自分は無罪」と強弁した。アメリカは「ディープ」だ。
※週刊ポスト2021年8月20日号