「母が病気で、その治療費を稼ぐために一生懸命練習してきました。たくさんのお金を稼いで、母を治したい」。こう語ったのは東京オリンピック女子飛び込み10mで5回の演技のうち3回で10点満点、五輪史上最高得点をマークし、金メダリストとなった14歳の全紅嬋さんだ。
ほとんど無名だった14歳の少女には中国全土から称賛とともに、同情の声があがり、企業や自治体からも支援の手が差し伸べられることになったが、中国農村部出身の彼女の言葉から、中国が抱える貧困と医療の問題が浮き彫りになった形だ。米政府系報道機関「ラヂオ・フリー・アジア(RFA)」が報じた。
全さんの母親や祖父らは広東省湛江市馬張区舞鶴村に住んでいるが、長年にわたって貧しい生活を送ってきた。たまたま小学校の水泳の授業をみていたコーチが才能を見出したことで、全さんは飛び込み競技を始めた。
全さんは家族の勧めもあり、7歳のときに広東省のチームに入るために故郷をあとにした。ところが、その後、母親は通勤途中に交通事故に遭い、肋骨数本を骨折したが、治療費がなく、まともな治療を受けられなかったという。また、祖父も病気になり、長い間、寝たきり状態で、母が祖父の看病をせざるを得なくなった。
このような状況に対し、全さんは「オリンピックで優勝すれば、お母さんの治療費を稼ぐことができる。とにかく一生懸命練習してきました」と語っていた。
生まれ故郷の村では全さんの優勝のニュースで大騒ぎになっており、ネット上の動画では、彼女の家の前で人々が爆竹を投げてお祝いしている様子が映し出されている。
その後、すぐに湛江市の企業が全さんの家族に家具付きの家と店舗、そして現金20万元(約340万円)を贈ることを発表。 湛江市衛生局と広東医科大学病院の幹部が全さんの祖父と母親の医療費を全額負担することを申し出たという。
中国医療問題の専門家である李福仙氏はRFAの取材に、「本来ならば、全さんの祖父も母親も中国政府が2004年から試験的に導入した『農村協力医療制度』によって、無料で治療を受けることができているはずだ。しかし、その手続きの煩雑さと制度が周知されていないなどの問題があり、ほとんど機能していない状態だ。全さん一家のように貧困であるがゆえに、まともな医療を受けられない人々が農村部に多数いることを今回の出来事は浮き彫りにしたといえる」と答えている。