ワクチンパスポートさえあれば──2回目のワクチン接種を完了し、つらい副反応を乗り越えた人なら、この思いはなおさらだろう。逆に、接種がまだ完了していない人からすれば、パスポートは“分断”の象徴にも映る。はたして提示が義務化された世界はどうなってしまうのだろうか。
最近、耳にする機会も増えたワクチンパスポートについて、国際医療福祉大学病院内科学予防医学センター教授の一石英一郎さんが説明する。
「ワクチンパスポートとは、ワクチンを接種したことを証明する書類などの総称です。これを持っている人はコロナに感染する可能性が低いため、パスポートを提示することで、さまざまな社会活動や日常生活が保障されます」
イタリアやフランス、イスラエルでは、美術館やカフェなどでワクチンパスポートの提示が義務化され、アメリカのニューヨーク州でも義務付けることが決定している。また、義務化はされていないものの、公共や民間の施設でワクチンパスポートの提示を求めることが当たり前になっている国や地域も少なくない。
日本では当面、海外渡航者のみが活用できるが、いずれは国内でも活用される見込みだ。日本版ワクチンパスポートの提示が義務化されたら、私たちの生活はどう変わっていくのだろうか。
パスポートがないと新幹線に乗れない。
ある日の午後、都内に住む50代の主婦・A子さんは、静岡県の実家に住む兄から連絡を受けた。
「母さんが倒れた。危ないかもしれないから、すぐに来てくれ」
慌てて家を出て、タクシーを拾う。だが、乗り込もうとすると、運転手にこう声をかけられた。
「パスポートはお持ちですよね?」
副反応が心配でまだワクチンを打っていないA子さんが戸惑っていると、運転手がドアに貼ってあるステッカーを指さした。
《ワクチンパスポート所持者専用車》
仕方なく電車で東京駅へ向かったA子さん。ようやくたどり着いた東京駅では、新幹線の改札でパスポートの提示を求められ、「パスポートの提示がなければ県境をまたぐ長距離移動はできません」と門前払いされてしまった。
「まさか、ワクチンパスポートを持っていないばかりに、こんなことになるなんて」
A子さんは後悔したが、後の祭り。在来線を乗り継いで帰郷はできても、入院中の母親を見舞うために病棟に入るにはワクチンパスポートが必須と聞いて泣く泣く断念。そのうちに、母の病状が悪化、そのまま息を引き取ってしまった──。
極端すぎる事例と思いながら読んだかたも多いだろう。しかし、これに近いことは実際に起こり得るかもしれない。事実、イタリアでは9月1日から航空機、高速鉄道、地域間鉄道、地域間の船舶での移動などでグリーンパスの提示が義務化される。日本でも航空機や新幹線、特急など都道府県をまたぐ移動手段で、同様の措置が取られる可能性は低くない。
「駅構内に入る際の提示を簡素化する目的で、Suicaなど交通系ICカードとワクチンパスポートがひもづけられることも考えられます。感染の拡大が止まらないなかで、パスポートの提示義務化が始まれば、移動制限がかかる可能性は充分にあり得ます」(国交省関係者)