【書評】『愛を描いたひと イ・ジュンソプと山本方子の百年』/大貫智子・著/小学館/1980円
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
イ・ジュンソプ(李仲燮)は韓国の「国民的画家」と称される。日韓併合の六年後、現在の北朝鮮地域で生まれ、一九三〇年代半ば東京に留学、日本人女性と結婚した。魅力的な作品を多数描いたが、五六年、三十九歳で世を去る。彼を再評価する機運が高まるのは七〇年代以降だ。回顧展開催が相次ぎ、評伝の刊行、演劇にもなり、李仲燮美術館が済州島にある。
日本でも映画が制作された。二〇一四年公開(のちDVD化)のドキュメンタリー、酒井充子監督「ふたつの祖国、ひとつの愛―イ・ジュンソプの妻―」は日本各地で上映され、一五年の済州島での特別上映の際、私は現地に行った。
ジュンソプは留学した文化学院で山本方子と出会い、太平洋戦争のさなか愛を育む。帰国した彼を追い方子が玄界灘を渡ったのは、数カ月後に終戦を迎える春だ。ジュンソプの故郷で結婚式を挙げ、第一子を七カ月で失ったのち二児を得た。だが一九五〇年、朝鮮戦争が勃発、一家は三八度線を越え、釜山や済州島に避難する。
彼は創作を続けるが生活は困窮をきわめ、五二年、妻子を日本に帰した。翌年にジュンソプは東京に向かい一家再会を果たすのだが、日韓国交回復以前であり一週間の滞在しか許されなかった。その後、妻子に愛情あふれた絵入りの手紙を送り続けるが、心身ともに衰弱していき、ソウルで没した。
本書の著者は新聞社のソウル特派員だった二〇一六年にジュンソプと方子のことを知ったという。資料調査や関係者を取材して画家の生涯をたどる一方、最愛の人を失ったあとを生きる方子にインタビューを重ねた。先述の映画と同様のテーマであり重複する部分も多いが、寡黙な方子が映画では語らなかった事実も掘り起こした。またジュンソプの画家としての葛藤にも着目し、本書には多くの作品や手紙が掲載されている。
私の胸に熱く迫ったのは、今年百歳を迎える方子が苦難の人生を嘆くことなく、自ら下した決断を後悔しない潔さだ。小学館ノンフィクション大賞受賞作。
※週刊ポスト2021年8月27日・9月3日号