ちょうど1年前、群馬県で一件の強盗殺人事件があった。しかしその実態は、“小説より奇なり”を地で行くような事件だった。「5つの架空アカウント」「架空の女に操られた実行犯の男」「集められた自殺願望の女性」「元カレへの報復」──裁判を傍聴し、事件の当事者にも取材したジャーナリストの高橋ユキ氏がリポートする。
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SNSで自殺志願者を集めた集団自殺でもなければ、純粋に金銭目的の犯行でもなかった。実行犯に仕立て上げられた男が法廷で語った事件の全貌は、にわかに信じられないような複雑怪奇なものだった。
群馬県中之条町で昨年8月、自殺願望があったとされる女性Aさん(48=当時)が殺害され、所持品を奪われた事件で、強盗殺人罪などに問われた小船治(35)の裁判員裁判が今年7月、前橋地裁で開かれた。すでに懲役27年の判決が確定しており、現在は受刑者となっている(求刑懲役30年)。
起訴されたのは、小船受刑者と、埼玉県の無職・山本結子被告(31)。山本被告がSNSで練炭自殺をするかのように装い、集めた2人のうち1人が、事件の被害者となったAさんだった。
法廷で見た小船受刑者は長身で恰幅がよいが、着ている黒いシャツはまるで裁判官が着用する法衣のようにブカブカだ。もともと130kgほどの体重があったというから、勾留生活で痩せたのだろう。首元や指などいたるところにタトゥーが入っている。
一連の事件は、このガタイのいい小船受刑者が計画していたものではなく、女である山本被告が主導していた。なんとSNSで複数の「架空のアカウント」を駆使し、小船受刑者を意のままに操っていたのである。7月19日に前橋地裁で開かれた小船受刑者の判決公判において、水上周裁判長もこう認めていた。
〈被告人は山本がなりすまし、または偽装したアカウントによる被告人への嫌がらせや結婚の約束などを信じ……〉(判決より)
山本被告が犯行を主導した目的は、金ではなく「元カレへの報復のため」だったと判決では述べられていた。しかしなぜ、元カレへの報復として、無関係の女性を殺害するのか。架空のアカウントとはいったい何なのか。判決言い渡し後の小船受刑者に取材を申し込むと、ことの次第が詳細に綴られた手紙が複数届いた。
もともと小船受刑者と山本被告は、事件直前にマッチングアプリで知り合った。といっても、お互いに恋愛感情はなく、同じスマホアプリを楽しむ仲間としての“友達付き合い”だったという。離婚したばかりだった小船受刑者は、山本被告に女性を紹介して欲しいと頼んだところ、友人だとする「実(みのり)」という女性のアカウントを紹介された。この「実」は山本がなりすましていた架空の人物で、事件にも深く関わっていくことになる。