現在、50歳となった羽生善治。第一線で戦う気力は失わない。〈楽観はしない。ましてや、悲観もしない。ひたすら平常心で〉──かつて著書『決断力』の中で、「勝つ秘訣」についてそう語った天才棋士は、自身の変化をどう受け止め、前に進む気力を維持しているのか。将棋観戦記者の大川慎太郎氏がレポートする。(文中一部敬称略)
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将棋界のありとあらゆる記録を更新してきた羽生善治。最後の関門と言われているのが、タイトル通算獲得100期だろう(現在は99期)。今年5月に羽生は王位戦の挑戦者決定戦に進出した。勝てば藤井聡太王位(19)への挑戦権を獲得する一番で大きな注目を集めたが、豊島竜王に惜敗した。この敗戦をどう考えているのか。
「大事なのは、そういう位置まで行き続けることです。そうすれば、次のチャンスはまた来ます。結果は残念でしたけど、その繰り返しは大事だと思ってます」
ここでも「続ける」という言葉が出た。継続が未来を創ると信じる羽生は、いまは何をモチベーションにして将棋を続けているのだろうか。
「新しい発見があるというのは、すごく大事なことだと思っています。一日一回でも、何かを見つけていくことをモチベーションにしています。発見があると、進歩している実感がある。それが大事なことで、同じところを堂々巡りしていたり、何の進歩もなかったりするとモチベーションが下がりやすいので」
だが難しさもある。年齢を重ねることで「知っていることが増えるので、発見の頻度が減る」というのだ。
「でも、それは心持ちというか、考え方の問題です。発見がないと思って見ていたら見つからないでしょう。見つけようという姿勢を持つことが大事なんです」
新しい発見というのは盤上だけではない。昨年からは世界中がコロナ禍という状況で、誰もが経験したことのない現実に直面している。将棋界も対局は続行しているが、イベントなどでファンと触れ合う機会は激減した。当たり前だったことが消失し、モチベーションどころか、精神の安定を図るのも難しい人もいることだろう。パンデミック下で、羽生はどう生活していたのだろうか。何か発見はあったのだろうか。
「1回目の緊急事態宣言時に将棋の本を書きました(『現代調の将棋の研究』、浅川書房)。忙しくて10年以上は書いていなかったと思いますが、自分から編集者に連絡して、『書きたい』とお願いしました。こういう時期でなかったらできませんでしたね。ずっと家の中にいると、どうしても考え方も閉じこもりがちになる。なんとなく感じていることを整理する機会にもなるので、アウトプットをしていくことは大事だと思いました。別に仕事でなくてもどんなことでもいいので」