1970年代からの落語ファンである音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏による週刊ポスト連載「落語の目利き」より、夜の部を再開した鈴本演芸場で主任をつとめた橘家文蔵についてお届けする。
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落語協会にコロナ感染者が出たことで鈴本演芸場、浅草演芸ホール、池袋演芸場の1月下席が休席となった後、浅草と池袋は2月上席から再開したが、鈴本は3月下席から昼の部のみ再開。緊急事態宣言で5月1日から11日まで都内の寄席がすべて休業した後、再開に当たって鈴本だけはやはり昼のみの営業とした。
その鈴本が7月・8月は夜の部を開催、主任のネタ出しを行なった。7月上席の主任は橘家文蔵。『竹の水仙』『らくだ』『子は鎹』といった十八番が並ぶ中、注目を集めたのは7月3日の『飴売り卯助』だ。
松本清張の連作短編集『無宿人別帳』の中の「左の腕」を文蔵の師匠である二代目橘家文蔵が清張の許しを得て落語化したのが『飴売り卯助』で、文蔵は師匠が残したノートと録音を基に再構成、2019年暮れにネタ下ろししている。
深川の裏長屋で子供相手に飴売り稼業をして17の娘と細々と暮らす卯助という老人が、板前の銀次の世話で娘ともども松葉屋という料理屋に奉公できるようになった。
そんな卯助の左腕にさらしが巻きつけてあるのに目を付けたのが、稲荷の親分と呼ばれる目明し。ゆすりたかりで甘い汁を吸う小悪党だ。「醜い火傷の跡を隠してます」との言葉を疑った目明しは、銭湯で待ち伏せして卯助の左腕に桝形の入墨が入っているのを突き止め、「島帰りの無宿者だな。黙っていてほしけりゃ娘を俺によこせ」と脅した。
三日後の夜、卯助が寝酒を呑んでいると、銀次が来て「刀を持った押し込み強盗にみんな縛られている」と言う。奥座敷で木場の旦那衆が博打に興じているのを知った盗賊一味の仕業だ。卯助は棒を手に松葉屋へ向かい、見張りの連中を叩きのめして奥座敷へ。テラ銭稼ぎに来た目明しも縛られ、ブルブル震えている。