【書評】『辻政信の真実 失踪60年──伝説の作戦参謀の謎を追う』/前田啓介・著/小学館新書/1210円
【評者】平山周吉(雑文家)
「この人物、危険につき取扱い厳重注意」──そんなレッテルを貼るのに一番ふさわしい「昭和史の怪物」が辻政信である。
ノモンハンの失敗、マレー作戦の成功、シンガポールの華人虐殺、ガダルカナルにもビルマにも出没する。敗戦後の潜行、体験記を書けばベストセラー作家、国会議員在職中の失踪……、華やかに浮き沈みする騒々しい人生があり、辻を慕う人々、辻に振り回された人々も多数存在した。この魁偉にして、ピラニアのような人物を、正負を含めて評伝にしたのが前田啓介『辻政信の真実』である。
もともとは読売新聞の石川県版に連載された。石川県は辻の故郷である。地の利をいかしての新事実、新発掘、新証言がたくさんあり、「絶対悪」「狂気の参謀」といった戦後的評価では捉え切れない、自ら「軍人勅諭の化身」たらんとした、過剰な潔癖と過剰な独善の人生を描き出している。
付き合ったらヤケドしそうなこの難物を、著者は「淡々と書き切る」という方法を採用して、捕捉に成功している。戦術家、雄弁家、パフォーマー、文筆家、そのどれにもスター性があった辻のアキレス腱にも目を届かせる。
高松宮の辛辣な辻批判「独りで作戦をきり廻す、司令官等はロボットなりと云わぬばかり」。上司だった山下奉文司令官は「所謂こすき男にして、国家の大をなすに足らざる小人なり」と日記に書いた。劇作家の三好十郎は辻の当選を、「戦争から与えられた苦しみに対する日本人の鈍感さだ」と問題にした。
戦後の辻は本が売れ、議員になってカネ廻りがよくなったが、気前よく元の上司や部下にふるまっていた。辻の次男・毅が語る辻家の経済事情も新証言である。
「ずいぶん収入はあったんです。だけど、それを戦争で困った人たちの家庭に持っていったんですよ。家族に渡さずに。うちの家族は、いつも質屋通いでした」
本書は「極秘」の公文書によって、辻のラオスでの最後の足取りも確認し、辻の最後の心境にまで迫ろうとしている。
※週刊ポスト2021年9月10日号