高崎山自然動物園の史上最年少ボスとして知られる“伝説のサル”ベンツが失踪してから7年。今度は、初の“女ボス”が誕生して話題を集めている。オスザル以上の腕っぷしと度胸を兼ね備えた女帝は、新たな多様性を教えてくれるはず!?
「ジェンダー・ギャップ指数」という指標がある。世界経済フォーラムが発表している世界各国の「男女格差」を示す指数だ。日本は、156か国中120位という、先進国で最低の水準である。
出遅れる日本社会に鉄槌を下すかのように、人間界よりひと足先に、ある猿山で「女性リーダー」が誕生した。大分県大分市にある高崎山自然動物園だ。
今年6月、メスザルのヤケイ(9才)が群れのトップに就任し、「ボス」となった。
1953年の開園以来、同園では延べ47匹のボスが誕生してきたが、そのすべてがオス。一転、今年、初めてメスが頂点に立ったのだ。
野生のサルを餌づけしている同園には「餌場」と呼ばれるスペースがある。そこへ、グループ分けされたうちB群(677匹)とC群(362匹)のサルたちが顔を出すのだが、ヤケイが率いるのはB群だ。
この歴史的瞬間の様子を、高崎山自然動物園の藤田忠盛さんはこう語る。
「ヤケイに変化が見られるようになったのは、今年の2月末。B群の序列2位だったオスに求愛されてから、群れでの振る舞いが変わりました。メスザルの序列1位だった自分の母親とけんかをして、母親を倒し、メスザル1位の座に上り詰めました」
その後、ヤケイは木に登って枝を揺らしたり、尻尾を上げて威嚇するように歩くなど、まるでオスザルのような行動が目立ち始める。
「そして、序列4位のオスザルを攻撃しました。メスザルの方がオスより体格が小さいため、普通はけんかに勝つのは困難ですが、ヤケイは勝利します。そして3位と2位のオスザルも続々と倒していきました」(藤田さん・以下同)
最後の砦であるB群のボスは、「ナンチュウ」という名の32才のオスで、すでに7年近くボスの座に君臨していた。
サルの序列ルールは集団によって異なるが、高崎山では「在籍期間」の長さが決め手であり、群れに最も長く属しているオスザルが「ボス」になるのが慣例だった。
「序列2位になったヤケイも、ナンチュウにはしばらく手を出しませんでした。事件が起こったのは、子ザルのけんかをナンチュウが注意しに向かったとき。その子ザルはヤケイの身内で、怒ったヤケイはナンチュウにけんかを仕掛けたのです」
ナンチュウはヤケイの挑戦を受けて立ったが、人間に換算すると100才近い高齢ザル。体が大きいとはいえ、働き盛りのヤケイにスタミナが劣り、手数で敗れてしまう。
こうして前代未聞の「女帝」が誕生したのだ。
ボスザルには、優先的に餌を確保できる特権がある。同園では、みんなが平等に食べられるよう配慮した上で、“ボス専用”の切り株の上に少し多めに餌を置く。ボスザルは切り株に陣取り、ほかのサルたちはボスが満足して離れるまで切り株には近づかない。
本当にボスの座が入れ代わったのかを確認するため、藤田さんは一か月近く群れの様子を見守った。
「毎日30分おきに餌をやるのですが、ヤケイは1度食事を摂ると満足するのか、一日に何度も餌場へ来ない。そのときは、2位に落ちたナンチュウが特等席の切り株の上で食事をしています。
ですが、いつヤケイが現れるのかつねに警戒していて、ヤケイが現れたらすぐさま餌場を譲ります。その様子を見て、『これは本当にヤケイがボスになったのだ』と確信しました」