ピンストライプの黒スーツにサングラス、髪型はリーゼント。一見、“堅気”に見えないこの男性、数々の凶悪事件を解決した名物刑事だ。“リーゼント刑事”こと元徳島県警警部の秋山博康氏(61)。今年3月に定年退職後、東京に拠点を移し犯罪コメンテーターとしてテレビ出演や講演活動を続けている。
すべては、事件の被害者のために──それが42年の警察人生を貫く秋山氏のポリシーだ。その原点は、刑事を志した「きっかけ」にある。
「小学校4年の夏休みのことです。深夜2時頃“パリン”とガラスの割れる音で目を覚ますと、何者かが家に入ってきた。室内を物色する音を聞き、私は『見つかったら殺される』と金縛り状態に。
親父の怒鳴り声で犯人は逃走しましたが、恐怖で震えが止まらなかった。そんな私に、通報で駆け付けた刑事さんが『おっちゃんが必ず犯人捕まえたる』と言ってくれたんです。その瞬間、『この人みたいな刑事になる』と心に誓いました」(秋山氏)
将来の目標を定めた秋山少年。「悪者に勝つには強くなければ」と空手、柔道など武道の鍛錬に打ち込んだ。一方で、中学、高校では“やんちゃ”ぶりも発揮した。
「中学時代は坊主頭に剃り込み、高校時代はリーゼント。そんな不良スタイルでしたが、高校2年生で生徒会長にも選ばれました。先輩や暴走族連中から目を付けられたこともあったけど、武道の演舞を見せ威圧すると一目置かれるように。戦わずして勝つことができました(笑)」(同前)
トレードマークのリーゼントは、歌手の矢沢永吉に由来するという。
「高校時代、矢沢さんの曲に衝撃を受け彼の自伝を読んでから、ロックスターとして夢を実現した彼と、刑事を夢見て歩む自分の姿を重ねるようになりました。以来、警察学校時代を除きこのヘアスタイルを貫いています」(同前)
高校卒業後、目標である警察官の道に進んだ秋山氏。交番勤務や機動隊勤務を経て1984年4月、念願の刑事になった。
「刑事としての初仕事は、海に浮かんだ水死体の引き揚げでした。ストレッチャーで運ぶ時、載せた水死体が滑り落ちそうになるのを咄嗟に体で止めようとして腐敗汁を全身に浴び、一張羅のスーツが台無しになったのは今も忘れられません」(同前)
少年時代から憧れ続けた刑事の仕事。理想と現実のギャップに戸惑う中、失敗も数多くあった。