音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、柳家小三治が45歳から54歳まで10年間の高座がCD発売されたことについてお届けする。
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柳家小三治のCD20枚組「昭和・平成 小三治ばなし」がソニーから発売された。1985年の本多劇場での2席以外は1987年から1994年までの上野鈴本演芸場での独演会で収録されており、すべて初出音源。小三治が45歳から54歳までの10年間の高座だ。
そう聞いて「えっ、今それを出すんだ!」と驚いた小三治ファンは多い。ソニーはこの時期の本多劇場と鈴本演芸場の小三治の音源を、既に1994年から1996年に掛けて全20タイトルのシリーズとして発売している。
プロデューサーの京須偕光氏によれば、氏は1983年と1985年に本多劇場での小三治独演会を録音した後、1986年から小三治が鈴本演芸場で始めた独演会を第1回から録音するようになったという。その音源が1994年から1996年に掛けてCD化されたのである。
収録されていたのは『芝浜』『鼠穴』『富久』『死神』『文七元結』『子別れ(通し)』他、全30演目。京須氏が録音した音源は他にも大量にあったが、ソニーはそれらに手を付けることなく、2007年から「朝日名人会ライヴシリーズ」と銘打って、60代以降の小三治の音源をCD発売するようになった。なのに今になって“あの本多劇場と鈴本演芸場の音源”がリリースされるとは!
これらの音源が収録された当時の小三治には、後年の自由な芸風とは一味違う“緻密な完成度”があった。幅広く多彩な演目を手掛け、どれも聴き応え満点。中でも今回注目すべきは、今までCDにもDVDにもなったことのない『千早ふる』『粗忽長屋』『やかんなめ』『二人旅』『道灌』『たちきり』『がまの油』『お直し』といった演目だ。
もともと小三治の『粗忽長屋』は“マメでそそっかしい男”と“無精でそそっかしい男”を見事に描き分ける、教科書のような“模範演技”だった。その演目の、最も脂の乗り切った時期の威勢のいい音源には歴史的価値がある。十八番『千早ふる』、小三治が発掘した『やかんなめ』の商品化も遅すぎたくらいだし、人情噺『たちきり』にしても、今でこそ小三治のイメージは希薄だが、「東京で『たちきり』と言えば小三治」という時代は確かに存在した。