【書評】『私がホームレスだったころ 台湾のソーシャルワーカーが支える未来への一歩』/李ウェン萱・著(ウェンは王偏に久) 台湾芒草心慈善協会・企画 橋本恭子・訳/白水社/2530円
【評者】川本三郎(評論家)
女性のジャーナリストが台北のホームレス十人にインタビューする。どんな人生を送ってきたのか。なぜホームレスになったのか。答えたくないこともあるだろうが、登場する十人とは信頼関係があったのだろう、それぞれの物語を語っている。これが実に面白い。
六十四歳になる王子という男性は、以前は白タクをしたり、布工場で働いたりしていたが会社が倒産し、職を失った。高齢だったので次の仕事は見つからない。ホームレスになるしかなかった。
彼は路上で暮すうち同じ境遇の女性と親しくなる。自分が病気で倒れた時、親身になって助けてくれた。いま夫婦同然の暮しをしながら清掃の仕事をし、なんとか彼女に恩返ししようとしている。
周爺さんは九十三歳になる。中国大陸の出身。六歳で兵隊に取られ、苦労して戦後、台湾に渡ってきた。キリスト教徒になり、看板持ちの仕事をしている。
ホームレスといってもほとんどが仕事を持っている。強哥は「街歩き」のガイド。知られざる台北の底辺を案内する。その後、日本でも見られる『ビッグイシュー』の販売員になった。この人は元やくざ。何年も獄中にいたことがある。軍隊では何度も脱走したこともある。義侠心に富んでいて民主化運動の学生たちを支持する。小学校で刑務所生活の話をしたこともある。だから子供たちは駅で彼を見つけると「チャンコー、チャンコー」と呼びかけるという。
趙おじさんは優しい。この人は野良犬と野良猫のための餌やりを続けている。犬や猫に缶詰を買ってやり自分はゴミ箱をあさる。ホームレスそれぞれに生きる流儀があり、誇りを持っている。教会に助けられ、いまではキリスト教の伝導師になった者もいる。
ホームレスの主な仕事に「人間看板」がある。広告看板を持って街を歩く。この仕事に助けられたので今では人間看板界の人事部長になり仕事を多くのホームレスに世話している者もいる。ソーシャルワーカーの助けもあって路上に共同体が生まれている。
※週刊ポスト2021年9月17・24日号