眞子内親王の結婚がついに実現される見通しとなった。根強い批判があるなか、結婚を貫けたのはひとえに眞子内親王の自立心にほかならない。そしてその強い自立心は「秋篠宮家の教育方針」によるところが大きい。
「秋篠宮ご夫妻は、皇族としての『公』と、プライベートの『私』を分けることに努められ、自主性を大事にする教育方針で眞子さま、次女・佳子さま、長男・悠仁さまの3人のお子さまを育てられました」(皇室ジャーナリスト)
秋篠宮夫妻は子供たちにたっぷりの愛情を注いだ。その一方で、眞子内親王は長女として厳しく育てられた一面もあったという。
「眞子さまは幼い頃から、紀子さまに『もっとお行儀よくなさい』と細かくしつけられてきました。次女の佳子さまとの育て方にも違いがあり、幼い眞子さまがいたずらをしたら紀子さまは厳しく注意されましたが、佳子さまが同じことをしても、あまり叱られることはなかったらしいです。
そのような教育方針の下、眞子さまはきょうだいの見本として成長していき、『私』だけでなく『公』を大切にする心を養い、女性皇族として務めを果たしていきました」(同前)
2007年7月、当時15歳だった眞子内親王は山梨県で行なわれた「全日本高等学校馬術競技大会」で本格的に公務デビュー。2008年4月には東京・上野動物園で初めての単独公務として、愛媛県今治市から寄贈された野間馬・えりか号の記念式典に臨んだ。その後も精力的に励み、公務を通して責任感や自立心を形成していった。
思春期の人格形成に大きな影響を与えたのが、2010年4月の国際基督教大学(ICU)進学だ。
皇族は学習院大学に進むのが慣例だったが、眞子内親王は自由な校風のICUに進学することを希望した。それを後押ししたのは秋篠宮皇嗣だったという。皇室ジャーナリストで、文化学園大学客員教授の渡邉みどり氏はこう語る。
「眞子さまの進学について学習院側が何度電話をしてきても、秋篠宮さまは『進学のことであればお話はお断わりします』と話し合いを固辞されたそうです。眞子さまの気持ちを尊重したことに加えて、この先の皇族は国際的なマナーや教養が必要との考えから、ICUへの進学を認められたのでしょう」
精神科医で教育評論家の和田秀樹氏も、眞子内親王と秋篠宮皇嗣のICU入学決断をこう評する。
「はじめから専攻に分かれた学部教育を行なう日本の多くの大学と違い、ICUは文理の枠を超えた教養型の学部教育(リベラル・アーツ)が充実しています。
こうした欧米型の大学を選択されたことが、従来の皇室の枠に囚われない“新しい女性皇族”を育む一因になったと考えられます」