人間の体には、体内と表面を合わせて100兆個もの細菌が存在するともいわれており、その細菌とうまくかかわっていくことが健康維持に欠かせない。体の中で、腸と並んで細菌が多くすんでいる場所が口の中だ。腸内細菌は菌の種類ごとに密集して腸壁に生息しており、その様子が“花畑”に似ていることから「腸内フローラ」と呼ばれているが、成人の口腔内にも、およそ700種類ほどの菌がいるといわれ、「口腔フローラ」を形成している。
口の中の菌というと、「虫歯菌」や「歯周病菌」がすぐに思い浮かぶが、これらの菌と人間との歴史は長い。広島大学大学院教授で歯学博士の二川浩樹さんが解説する。
「虫歯は、弥生時代に米作りが始まってから、つまり炭水化物主体の食事を摂るようになった時期から増えたといわれています。歯周病菌はさらに昔、縄文時代の人の口腔内にも存在していた。当時の人体の頭蓋骨を見ると、はっきり痕が見られます。海外でも、古代人の口に残った遺伝子を解析すると、歯周病菌がいたことがわかっています」
有史以前からのつきあいを続けてきた菌だが、研究の進んだ現代では、人の命を奪う原因になるほど危険なことが判明している。東京医科歯科大学大学院で歯周病学分野の助教を務める池田裕一さんは、昨年、歯周病の原因となる細菌の1つが食道がんのリスク因子になることを初めて突き止めた。
「歯周病菌が増えるメカニズムは解明されていませんが、年齢を重ねるほど歯周病になる人の割合が増えてくるのは事実です。夫婦や家族など20年以上一緒に生活していると、よくも悪くも、同じような口腔フローラになりやすいというデータもある。キスをしたり、同じ皿のものを食べたり、唾液を介して細菌が接触する頻度が増えることでうつるのだと考えられます。つまり、配偶者や家族が歯周病になっている場合、自分も歯周病リスクが高いと考えた方がいい」(池田さん・以下同)
食べ物の「入り口」である口の中の菌は、体内のほかの細菌にも多大な影響を及ぼす。
「歯周病菌によって腸内フローラが乱れるという研究は数多くあります。動物実験では、歯周病菌をのみ込むと腸内フローラが変わってしまい、肥満が進んだり、筋力が低下したり、腸内に発生した毒素が血流にのって全身を巡り、病気につながるといったことが確認されています」