【書評】『ビジョナリー・カンパニーZEROゼロから事業を生み出し、偉大で永続的な企業になる』/ジム・コリンズ、ビル・ラジアー・著 土方奈美・訳/日経BP/2420円
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
仕事柄、数多くの経営書を読むのだが、いままで読んだなかで、ダントツの傑作は、間違いなくコリンズとポラスが書いた『ビジョナリー・カンパニー』だ。繁栄を続ける世界企業には、どんな共通点があるのかを膨大な調査に基づいて解明した本で、アメリカの経営学の常識を根底から覆した。
それまでは、外部から連れてきた先見性のあるカリスマ経営者がトップダウンで経営をするのがよいとされていたのだが、『ビジョナリー・カンパニー』では、「経営者は時を告げてはならない。時を告げる時計を作るべきだ」とした。経営者は理念や仕掛けを作ることに専念して、実際の仕事は思い切って現場に任せることが、企業が永続する必要条件だと喝破したのだ。
この分析に感服したのは、私だけではなかったようだ。その証拠に『ビジョナリー・カンパニー』は、その後5冊も続編が出版されている。しかし、本書は続編ではなく、『ビジョナリー・カンパニー』が出版される前に、コリンズが師匠のビル・ラジアーと共に書いた処女作だ。
偉大な芸術作品の前には、そこにつながる優れた前作があることが多い。本書も同じ立場だが、もしかしたら本書が役に立つ読者の方が多いかもしれない。なぜなら『ビジョナリー・カンパニー』が大企業を分析しているのに対して、本書はスタートアップ企業を対象にしているからだ。
スタートアップ企業にとって最も重要なことは、いかに優秀なスタッフを集め、いかに彼らを動機づけるかだ。そのためには、経営者がどんなビジネスをするかより、経営者自身がどれだけ魅力的かが大切だと、著者は強調する。
スタッフと同じ目線で、緊密なコミュニケーションを取り、スタッフから慕われる存在になる。そして細かい指示は出さず、仕事を任せるのだ。仕事の生きがいは、突き詰めると仕事の自由度だ。一挙手一投足まで指示されていたら仕事は面白くなくなる。本書が語る経営の秘訣は、人間の本質に基づくものだから、中間管理職の読者にも大いに役立つだろう。
※週刊ポスト2021年10月8日号