【書評】『占領神話の崩壊』西鋭夫、岡崎匡史・著/中央公論新社/3300円
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
米国スタンフォード大学フーヴァー研究所は一九一九年に設立され、第一次・第二次世界大戦に関する史料を中心に、膨大な史料を蒐集・保管してきた。
同研究所の出先機関「フーヴァー研究所東京オフィス」が発足したのは日本の敗戦直後の一九四五年十一月。スタンフォード大の日本人卒業生らが構想し、GHQの許可も得て史料蒐集計画が練られた。東京オフィス設立の背景には、敗戦前後の日本で公文書、貴重な文献などが大量に焼却・廃棄されたことにある。
〈太平洋戦争の原因を究明するためには、戦争に関する公文書や外交文書を分析する必要〉から、日米のスタッフ、協力者によって五年間にわたる史料蒐集活動が進められた。公文書のほか、書籍・専門書・新聞などがフーヴァー研究所に送られ、厳重に保管された。とくにGHQの日本占領前後に関する第一次史料(フーヴァー・トレジャーズと呼ばれる)は数十万枚以上に達するという。
西鋭夫と岡崎匡史は長期間にわたって、これらの極秘史料の解読に取り組み、日本近代史の争点「日本国憲法」「東京裁判」「共産党と特高警察」の〈表と裏を徹底的に掘り下げ、目を覆いたくなるような真実を追求〉した。フーヴァー・トレジャーズのほか、最新の研究などを含めた膨大な文献を用い、多角的に検証していった。
新憲法制定にまつわる吉田茂のふるまい、進駐軍専用の慰安施設の設置に奔走した人物、手のひらを返すようにGHQにすり寄った人々、東京裁判において戦友を裏切った人物、満洲国政府の収入源アヘンを売りさばいた企業と人脈、特高警察の〈元締め〉だった人物の弁明、共産党の野坂参三のスパイ活動……。著者はときに舌鋒鋭く〈欺瞞〉をあぶりだす。
史料は無味乾燥に見えて人間の生々しい「声」が潜んでいる。その声をどう聴きとるのか、どの記述に着眼するのかも、受け手によって異なる。時代や社会、そして人間とは多面的で複雑な表情を持つことを、史料は語りかける。
※週刊ポスト2021年10月15・22日号