【書評】『イン・マイ・ライフ』/吉本由美・著/亜紀書房/1650円
【評者】関川夏央(作家)
「雑貨に夢中」とは、一九八二年に雑誌「クロワッサン」連載の記事だが、その書き手が吉本由美、肩書は「インテリア・スタイリスト」とあった。
ファッション写真で、モデルに着せる服を選び、着付けて撮影する「スタイリスト」は、「アンアン」に始まる一九七〇年代の新職業だ。それより年長、「ニューファミリー」の主婦向け「クロワッサン」は、かつて「荒物」と呼ばれた「台所用品」や小洒落た「雑貨」に注目するよう読者を誘った。「モノ」を選んで店から借り、撮影して記事を書き、返しに行く。最先端の「インテリア・スタイリスト」は肉体労働でもあった。
映画好きの吉本由美は、一九六七年、十八歳で熊本から上京、モードの学校で学んだ。「試写がタダで見られる」と二十歳で映画雑誌の会社に入った。
小柄で、かわいい美貌の彼女は、二十三歳のとき「アンアン」のフリーランス・スタッフに採用され、二十五歳で「クロワッサン」に移った。八〇年代なかばまでよく働いて名を知られた。だが自分も大いに貢献したモノの氾濫に疲れて「スタイリスト」を廃業、書き手となった。
恋人はいたが、結婚はしなかった。熊本に帰って親の介護をしようと決めたのは六十二歳の二〇一一年春であった。両親は間もなく亡くなり、自分も老いを実感した。古い家はつぎつぎ不具合が生じる。亡父が丹精込めた庭には雑草がはびこる。対処にはお金がかかるが、貯えがない。年金は少ない。フリーだったからである。
自分が死んだら家屋敷を売り払って相殺する年金型「リバース・モーゲージ」を組み、ネコたちとそこで暮らすことにした。問題は、いま七十三歳の彼女が、その期限八十六歳までにうまく死ねるかだ。占いによると九十八歳まで生きてしまう。泣き言はなく、くどくもない。「これでいいのだ」とバカボンのパパのようにうなずく「団塊の世代」の独り者の女性、その全盛期と老い方をよく伝える。
※週刊ポスト2021年11月5日号