だが、これに戸惑っているのが他でもない韓国人である。イカゲームの人気ぶりを分析した海外メディアの記事やSNSの反応を見かける度に、韓国での反応の違いに驚く人が続出している。なぜなら韓国では、公開直後「韓国の格差社会を浮き彫りにしたありきたりのストーリー」といった声や、「女性軽視」、「暴力的で不快」、「ここは泣く場面だと言いたげな過剰な演出」など、批判的な口コミが多かったからだ。
イカゲームの脚本・演出を担当したファン・ドンヒョク監督によると、脚本は既に10年前に完成していたが、韓国の制作会社はどこも「殺伐としすぎている」として興味を持たず、やっと投資してくれたのがNetflixだったという。ファン監督はインタビューで、「10年経って、殺伐と言われた物語が受け入れられる殺伐な時代になってしまったことは悲しい。最近はみんなが株や不動産、暗号資産などで一攫千金を狙っている。『イカゲーム』も同じだ」と語っている。
一方でファン監督は、「本作が他の作品と違うのは、ゲームより人間により焦点を当てていることや、誰もが30秒で理解できる単純なゲームで、天才的な主人公がいないと解決できないような物語ではないこと」、「主人公がヒーローになる過程を描くのではなく、敗者が他人の助けを得てゲームに勝つ過程を描いた。この社会の敗者も思い出して欲しいという気持ちで制作した」とも語っており、こうした点が海外の視聴者に受けたと言えるだろう。韓国人には見慣れた社会批判ストーリーでも、海外では逆に新鮮に映ったようだ。
日本で「親ガチャ」と言われるように、韓国の若者の間でも「フッスジョ(土の匙)」という同じような言葉がある。貧しい家庭に生まれ、どんなに努力しても生活が楽にならず、友達付き合いや趣味も持てず、沼にはまったように報われない人の境遇を自嘲する言葉だ。『イカゲーム』では主人公をはじめ、ゲーム参加者はフッスジョばかりだが、苦労しているからこそキャラクター一人ひとりが一癖も二癖もあり、視聴者を飽きさせない展開や演出ができたのではないだろうか。
【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。