ライフ

【書評】『百歳以前』共に妻を亡くした91歳の同級生が綴り合う「来し方」

『百歳以前』著・徳岡孝夫、土井荘平

『百歳以前』著・徳岡孝夫、土井荘平

【書評】『百歳以前』/徳岡孝夫、土井荘平・著/文春新書/902円
【評者】川本三郎(評論家)

 二人は大阪の旧制北野中学の同級生。九十一歳になる。共に妻を亡くしている。その二人が来し方を、現在を交互に綴り合う。高齢の二人がまだお元気なのに何よりもまず驚く。

 土井さんは一人暮し。子供たちは別に家庭を持っている。正月、妻が作ってくれた雑煮の味を思い出しながら自分で作ってみる。無論、亡妻の味には遠いがなんとか似た味になった。正月に集まった子や孫たちも喜んでくれた。

 失敗もある。作っているさなかに友人から電話が入った。長話をしているうちに料理中だったことを忘れ、気がついた時は黒焦げ。こんなとき「突然死んだ女房がとてつもなく恋しくなっていた」。

 妻は最後、認知症になった。夫のことが分らなくなった。介護の日々、ある時、突然、正気に戻ったように言った。「ゴメンね、あなた」。その後、意識が戻らぬまま、数日後、妻は逝ったという。切なくなる。

 徳岡さんは「毎日新聞」「サンデー毎日」などで活躍したジャーナリスト。ベトナム戦争、中東紛争、三島事件などを取材してきた。とくに三島由紀夫に信頼されていたことで知られる。

 九十一歳のいま若き日のジャーナリスト時代のことを鮮明に思い出してゆく。ベトナム戦争取材の時、トラックの上から死体の写真を撮った。「サンデー毎日」の表紙になると思った。すると同乗していた黒人がとがめた。「おまえ、えらいところ、撮影するなあ」。徳岡さんは今でも、死体を見た瞬間に表紙になると感じた自分を恥しく思い出すという。

 タイの山村で会ったアメリカ人の話もいい。山奥でタイのために働いている。取材で世話になった。彼はその後、東京のアメリカ文化センターの館長になり、さらになんと、ワシントンの動物園でボアの飼育係になったという。蛇を扱える特技があった。だから徳岡さんは思う。「百歳以前」には彼のように第二の技術を持つことが大事だと。

※週刊ポスト2021年11月12日号

関連記事

トピックス

「居酒屋で女将をしている。来てください」と明かした尾野真千子
居酒屋勤務を告白の尾野真千子、「女優」と「女将」の“二足のわらじ” 実際に店を訪れた人が語る“働きぶり”、常連客とお酒を飲むことも
週刊ポスト
女優の広末涼子容疑者が傷害容疑で現行犯逮捕された
《病院の中をウロウロ…挙動不審》広末涼子容疑者、逮捕前に「薬コンプリート!」「あーー逃げたい」など体調不良を吐露していた苦悩…看護師の左足を蹴る
NEWSポストセブン
運転中の広末涼子容疑者(2023年12月撮影)
《広末涼子の男性同乗者》事故を起こしたジープは“自称マネージャー”のクルマだった「独立直後から彼女を支える関係」
NEWSポストセブン
北極域研究船の命名・進水式に出席した愛子さま(時事通信フォト)
「本番前のリハーサルで斧を手にして“重いですね”」愛子さまご公務の入念な下準備と器用な手さばき
NEWSポストセブン
広末涼子容疑者(写真は2023年12月)と事故現場
《広末涼子が逮捕》「グシャグシャの黒いジープが…」トラック追突事故の目撃者が証言した「緊迫の事故現場」、事故直後の不審な動き“立ったり座ったりはみ出しそうになったり”
NEWSポストセブン
運転席に座る広末涼子容疑者(2023年12月撮影)
【広末涼子容疑者が追突事故】「フワーッと交差点に入る」関係者が語った“危なっかしい運転”《15年前にも「追突」の事故歴》
NEWSポストセブン
自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
《中山美穂さん死後4カ月》辻仁成が元妻の誕生日に投稿していた「38文字」の想い…最後の“ワイルド恋人”が今も背負う「彼女の名前」
NEWSポストセブン
山口組分裂抗争が終結に向けて大きく動いた。写真は「山口組新報」最新号に掲載された司忍組長
「うっすら笑みを浮かべる司忍組長」山口組分裂抗争“終結宣言”の前に…六代目山口組が機関紙「創立110周年」をお祝いで大幅リニューアル「歴代組長をカラー写真に」「金ピカ装丁」の“狙い”
NEWSポストセブン
中居正広氏と報告書に記載のあったホテルの「間取り」
中居正広氏と「タレントU」が女性アナらと4人で過ごした“38万円スイートルーム”は「男女2人きりになりやすいチョイス」
NEWSポストセブン
Tarou「中学校行かない宣言」に関する親の思いとは(本人Xより)
《小学生ゲーム実況YouTuberの「中学校通わない宣言」》両親が明かす“子育ての方針”「配信やゲームで得られる失敗経験が重要」稼いだお金は「個人会社で運営」
NEWSポストセブン
約6年ぶりに開催された宮中晩餐会に参加された愛子さま(時事通信)
《ティアラ着用せず》愛子さま、初めての宮中晩餐会を海外一部メディアが「物足りない初舞台」と指摘した理由
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《妊娠中の真美子さんがスイートルーム室内で観戦》大谷翔平、特別な日に「奇跡のサヨナラHR」で感情爆発 妻のために用意していた「特別契約」の内容
NEWSポストセブン
「自動車業界におけるトランプ関税のダメージは日本が世界で最も小さい」大前研一氏がそう言い切る理由 “軟体動物”日本企業の強さ
「自動車業界におけるトランプ関税のダメージは日本が世界で最も小さい」大前研一氏がそう言い切る理由 “軟体動物”日本企業の強さ
マネーポストWEB
トランプ大統領の相互関税政策は“危ないチキンゲーム” 他国が譲歩しなければ米国も崖から転落するリスク
トランプ大統領の相互関税政策は“危ないチキンゲーム” 他国が譲歩しなければ米国も崖から転落するリスク
マネーポストWEB