いよいよ竜王獲得に王手と、藤井聡太三冠の快進撃が止まらない。「現役最強」とも称される渡辺明名人は、自身にとって脅威となる若き棋士をどう見ているのか。また、「4強時代」と言われる将棋界の勢力図はこれからどう変わるのか。11月12、13日の竜王戦第4局を前に、将棋観戦記者の大川慎太郎氏が渡辺名人に胸の内を聞いた。(全4回の第3回)
【文中一部敬称略】
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渡辺が藤井とタイトル戦で顔を合わせたのは2回。昨年と今年の棋聖戦五番勝負で、最初は1勝3敗、2度目は3連敗だった。最初のシリーズが決着した夜、私は渡辺に話を聞く機会があった。次に藤井と指す時はどうするのかを尋ねると、「特に策はないです」。お手上げのように映った。タイトル戦で2回戦った現在、次はどういう方針で戦うのだろうか。渡辺はいう。
「取り立てて策はないです。奇策が通じる相手でもないし。自分はもう、将棋を一から作り変える年齢ではありません。自分がトッププロとしてやるのもあと5年くらいでしょう。もっと若かったら、藤井さんに勝つために将棋の型を作り替えることも考えるかもしれませんけどね。だから今までやってきた対策の延長上になります」(渡辺明名人、以下同)
そうは言っても何も手を打っていないわけではない。今年の棋聖戦の後、渡辺は100万円以上するデスクトップパソコンを購入し、新しいAI(人工知能)を導入した。当然、藤井対策の一環である。
「まだ試行錯誤中で、具体的な成果が出るのはしばらく先ですね」と渡辺は言う。性能がよければAIに探索させる時間が短くて済むので、効率アップは疑いない。論理的思考に秀でている渡辺はAIを使って戦略を構築するのが得意で、「いま自分がキャリア最後のピークを迎えているのは、3年くらい前から始めたAI研究が自分の特性に合っていたからなんです」と明かす。
藤井にタイトル戦で唯一の勝利を挙げた昨年の棋聖戦第3局では、渡辺の長所が全開になった。なんと渡辺は90手目までを事前に調べており、自分が優勢だとわかっていたのだ。とてつもなく深い研究が奏功し、待望の1勝をもぎ取った。
では同じことをやればいいじゃないかと思われるかもしれないが、「ああいう感じで研究がドンピシャで当たることはほぼないです。あの将棋は自分の長所が出ましたよね。だけど今後もバンバンできるかといったら無理です。相手も警戒してくるし、将棋の局面は広い。お互いに思惑があるので、途中で一手外れてしまったら、もうその研究はパーになるので」と渡辺は言う。
そもそもAIの研究などで策を練ろうというのは「基本的に弱者側がやることです」と渡辺は言い切った。
「だって強いほうは、どーんと構えていればいいわけですから。序盤が互角なら、あとは普通にやれば自分が勝つという考えを持つでしょう。藤井さんもそうだと思いますよ。僕だって対策を深く練るのは、自分と同格の相手と対戦する時だけですからね」(全4回の第3回)
(第4回につづく)
【プロフィール】
大川慎太郎/1976年生まれ。将棋観戦記者。出版社勤務を経てフリーに。2006年より将棋界で観戦記者として活動する。著書に『証言 羽生世代』(講談社現代新書)などがある。
※週刊ポスト2021年11月19・26日号