【書評】『お金のむこうに人がいる 元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた予備知識のいらない経済新入門』/田内学・著/ダイヤモンド社/1760円
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
著者はいわゆる経済学徒ではない。東大理科一類に入学して、工学系修士としてゴールドマン・サックス証券で為替や金利のトレーダーとして活躍した。日本で一番入社が難しい会社に就職できたのも、おそらく数学やプログラミングの才能が買われたからだろう。
著者の一番すばらしいところは、投機の殿堂で16年間も働きながら、カネの亡者にならなかったことだ。著者は、お金そのものの価値に疑問を呈する。お金が価値を持つのは、お金の先に労働があるからだという。おそらく、著者はマルクスを読んでいないと思うのだが、著者の基本理念は、マルクスの労働価値説そのものだ。自分の頭で考えるだけで、マルクスの境地に達することができたのは、著者がとてつもなく賢い証拠だろう。
本書に書かれているエピソードのなかで、私が一番興味深かったのは、海外のヘッジファンドが、莫大な借金を抱える日本の国債を空売りして、大儲けをしようとしてきたという話だ。著者は、「日本は破産しないし、国債も暴落しない」と考え、実際そうなった。空売りを仕掛けてきたヘッジファンドのほとんどが大損して去っていったという。
著者は、なぜ日本の財政が破綻しないのかを国立競技場を作る事例で分かりやすく説明している。国立競技場の建設費は、それを作る人の労働の対価となる。一方、競技場の完成後は誰も働かずに競技場を使える。その分、他のことに労働を振り向けることができる。だから、日本政府の借金は、そのお金で働いてくれた人が国内にいる限り、働いて返さなくていい。この考えは、最近注目を集めるMMT(現代貨幣理論)に通じるものだ。
経済学者のなかでも、国の借金は将来世代にツケを残すと批判する人のほうが多い。それは、経済学の表面だけを勉強して、お金の本質を理解していないからだ。お金とは一体何なのか。経済学を一切使わずに、経済の本質を解明する本書は、経済学嫌いの読者に最適の経済の教科書だ。
※週刊ポスト2021年11月19・26日号