【書評】『中国共産党、その百年』/石川禎浩・著/筑摩選書/1980円
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長)
いわゆる文化大革命で、中国はたいへんな混乱におちいった。経済的にも、大きなダメージをこうむっている。それをたてなおしたのはトウ小平である。改革開放とよばれる政策で、中国経済をいっきに好転させている。
以上のような歴史像を、私はこれまで中国の現代史に、想いえがいてきた。似たような見取図をおもちの方も、少なくないだろう。だが、じっさいにはそうでもないという。
著者によれば、文革十年のあいだ、中国経済は好況を堅持した。GDPは、年平均で四パーセント近い上昇という数字を、はじきだしている。共産党の指導がみのったからではない。一九七〇年代の農村部では、党の紀律がゆるみだしていた。計画経済とはべつの闇市場もできている。そのアンダーグラウンドな部分が、文革期の経済をささえたのだという。
そもそも、中国はソビエト連邦ほどの統制力をもちあわせていない。中国共産党の計画にも、ずさんなところがあった。だからこそ、改革開放の時期に市場経済がうまく導入できたのだという見方も、あるらしい。
共産党の創立記念日は、毛沢東のあやふやな記憶できめられている。『毛沢東選集』は、法典がわりにもちいられた。そのため、くりかえし書きあらためられている。共産党員の学歴、教養水準は百年のあいだにこう推移した。党員どうしの恋愛、結婚にはこんな問題がひそんでいる。はやり唄の背後にも、党の影が……。
とにかく、おもしろい話がたくさんある。これは、中国共産党百年の歴史をたどった本である。今の共産党は、上海で産声をあげたころから、すっかり変貌をとげた。もう、似ても似つかぬ組織になったと、多くの人は思われよう。それでも、今日なお、いたるところに草創期の型は生きている。著者の言葉をかりれば、文化的なDNAがくみこまれている。この党を見きわめるためには、歴史への展望がかかせないと、あらためて痛感した。
※週刊ポスト2021年11月19・26日号