国民の不満をそらすために新しい敵をつくるのは、どこの国でも体制が延命を図るための常套手段として過去も現在も行われてきた。いま抗議の声をあげるべき相手を見失い、争っても軋轢しか生まない人に向けて不満をぶつける場面が増えている。コールセンターのオペレーターに直接、関係がない不満を言い続けるのは典型的な例だろう。新型コロナウイルス感染症拡大によって設定された給付金のコールセンターでも、電話口のオペレーターに対して、政府や行政への怒りをぶつける人が少なくない。だが、不満をぶつけられている彼らはたいてい、窓口業務のためだけに雇われた非正規労働者だ。ライターの森鷹久氏が、選挙投票日の出口調査をした非正規労働者から、不満の捌け口となった、あの日の体験について聞いた。
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衆議院議員選挙投票日だった10月31日、千葉県在住のフリーター・徳田健司さん(仮名・50代)の姿は、関東のとある投票所にあった。投票を終えたと思われる人々に声をかけ、誰に、そしてどの政党に投票したのかを聞く「出口調査」の仕事をするためだ。
「私は某新聞の調査員として現場に派遣されましたが、新聞社名を出すだけで怒鳴られたり小突かれたりしました。嘘を書くな、世論操作するな。そんなことを言ってくる人は少なくない」(徳田さん)
徳田さんは昨年まで、都内の飲食店チェーンで複数店舗を管理するマネージャーとして働いていたが、コロナ禍の影響をまともに受け、会社自体が実質的な休業状態に陥った。そして、ほとんど会社の一方的な押し付けのような形での「退職勧告」に応じた。
以後、派遣会社に登録し、単発の仕事をこなしながら、なんとか生きていくための日銭を稼ぐ状態が続いているという。
「再就職と言っても、同じ(飲食系の)業界はコロナの影響でとても無理。年齢も年齢だし潰しも効かず、コンビニやスーパーに履歴書を送っても面接にすら進めない。この年で派遣の単発バイトをせざるを得なくなるとは、夢にも思っていませんでした」(徳田さん)
出口調査の仕事は、複数登録していた派遣会社のうちの一社からもたらされた。投票日の調査以外に、2日間の事前研修を受けることが必須で、実働は3日間で報酬は3万円ほど。倉庫内作業やイベント整理などの単発バイトよりもいくらか割はよく、希望者が多いという。
「今回の調査では、タブレットを使って質問をする方式がとられ、その研修も行いました。若い方はすんなり覚えられますが、私と同じくらいのおじさんたちは、スマホすらよくわからないのにと四苦八苦していました。コロナで仕事が無くなった、という方も多く、私と同じような状況の人が結構な数いた印象です」(徳田さん)
そんな徳田さんたちが選挙当日、投票所で受けたのはあまりにも厳しい洗礼だった。