日本周辺が“貧困の海”になりつつある──公益財団法人「海と渚環境美化・油濁対策機構」の専務理事として環境保全に取り組む坂本幸彦さんが警鐘を鳴らす。
「海が貧しくなる大きな要因は地球温暖化によって海の温度が上がり、海中の食物連鎖が途切れること。海洋生物は寿命を終えるとそのまま海底に沈んで栄養分に分解され、その栄養分は海底の冷たい水と一緒に海面まで上昇します。植物プランクトンはその栄養分を利用して育ち、生きた魚たちはそれをエサにして育ちます。
しかし温暖化で海面の水温が上昇すると海底の冷たい水は表層に上がりにくくなり、魚のエサを育てる栄養分も海底に沈んだままになってしまいます。その結果、魚たちの食べ物はなくなり、魚の数も大幅に減ってしまいます」(坂本さん)
温暖化の影響は甚大だ。実際にさんまや鮭、するめいかの漁獲量は2014年からの5年間でおよそ74%減少している。こうした状況は政府も重く捉えており、水産庁は今年6月に「漁獲量の急減は地球温暖化による海水温の上昇や海流の変化が原因」とする報告書を発表している。
量だけでなく魚の「味」も変化する。『都会の里海 東京湾 人・文化・生き物』の著者で、海洋環境専門家の木村尚さんが指摘する。
「水温が1℃上昇するのは、陸上に換算すれば気温が5℃上がるほどの感覚だといわれており、わずかな数値であっても魚にとっては大きな環境の変化だと言わざるを得ません。人間が猛暑による夏バテで食欲が出ないように、魚も高い水温の中で生き続けるのはかなりしんどい。食欲がなくなってやせ細り、脂肪やたんぱく質の量が減るため、おいしさも半減します」
こうした温暖化の恐怖を肌で感じているのは、日々海に出ている漁師たちだ。鹿児島・薩摩半島の最南端に位置する全国有数の港町・指宿市山川港で祖父の代から漁業を営む川畑友和さん(43才)は「正直、不安は大きいです」と胸中を明かす。
「温暖化が進めば漁獲量はもちろん、獲れる魚種も変わってくる。すると取引される値段も大きく変動し、売り上げや生活にも影響します。漁師にとっては、まさに死活問題です」(川畑さん)
川畑さんが初めて海に出たのは小学生のとき。祖父に連れられ、定置網船に乗って魚をすくい、家業を助けた。高校時代はクラスメートが遊びに出かける日曜日も船に乗り、海に出る日々を送った。高校卒業後、電力系の会社に就職して鹿児島を出たが、実直に漁を続ける父の背中を見て、地元に戻ることを決めたという。