【書評】『歴史のダイヤグラム 鉄道に見る日本近現代史』/原武史・著/朝日新書/935円
【評者】平山周吉(雑文家)
鉄道愛あふれるオモシロ話と蘊蓄でギュウ詰め満員の朝日新書『歴史のダイヤグラム』を読んでいたら、大昔の中公新書『列車ダイヤの話』を思い出した。前回の東京オリンピックの年、つまり東海道新幹線開通の年に出た本で、列車運行表づくりのプロ「スジ屋」国鉄マンの職業苦労話だったと記憶する。その本の担当編集者は、後に『時刻表2万キロ』で有名になる宮脇俊三であった。
本書でも宮脇については触れられる。敗戦の日、玉音放送もなんのそのと、恙なく運行されていた鉄道風景が宮脇の名著『時刻表昭和史』から引用され、その前後には永井荷風と吉村昭が見た戦時下の鉄道が配される。
「鉄道に見る日本近現代史」と副題された本書の著者・原武史は、内田百閒、阿川弘之、宮脇俊三の衣鉢を継ぐだけではない。乗る、撮る、書く、だけでなく、調べる、推理する、「啓示」を受けて生き方を変えると、全身「鉄」まみれなのだ。
関心の対象も、文学者が記録した鉄道にとどまらない。天皇、学者、革命家、庶民と幅広い乗客を網羅し、車窓風景、車体、駅弁、駅そば、駅名、駅員など鉄道に関わる森羅万象を味わい尽くす。掲載される新旧の鉄道写真も楽しいが、その中には著者自身がかつて撮った思い出フォトも紛れ込んでいる。遠い日の父と子、母と子の会話も再現され、鉄道仲間だった同級生の自死も回想される。鉄道の記憶には人生も詰まっている。
この本一冊あれば、「タモリ倶楽部」の鉄オタ企画が百本くらい軽く作れるのではないか。ただし、テレビ放送にするには差し障りがありそうな話題も本書には多い。第一章「移動する天皇」の諸篇は、私たち国民が乗ることが許されない御召列車や皇族車両の秘密も満載されている。
三種の神器も乗せた御召列車が走る時、すれ違う列車や停車駅の便所は使用禁止となったり、天皇の視界に入らないように幕で覆われた。まさに「御不浄」として扱われたのだ。
※週刊ポスト2021年12月10日号