【書評】『ベースボールと日本占領』/谷川建司・著/京都大学学術出版会/2200円
【評者】川本三郎(評論家)
太平洋戦争で勝者となり日本を実質的に占領下に置いたアメリカは、戦勝国として清算の仕方が他の国と異なった。領土の割譲や賠償金の支払いを求めることなく、日本をアメリカのような民主主義国家にすることを望んだ。そのために文化政策として重視されたのが映画とそしてスポーツとりわけ野球だった。
戦後の占領下日本の研究者である著者が映画についで取り組んだのが野球。阿久悠原作、篠田正浩監督の「瀬戸内少年野球団」で夏目雅子演じる小学校の先生は、敗戦にうちひしがれ、荒んだ子供たちを励まそうと「野球、しましょう」と言った。実際、戦後の日本人にとって野球は数少ない希望だった。誰もが野球を楽しんだ。
著者はこの野球熱の背景にはアメリカの民主化政策があったことを豊富な資料から明らかにしてゆく。まずそもそも連合国軍最高司令官マッカーサーが野球好き、ブルックリン時代のドジャースのファンだったという事実が興味深い。
マッカーサーの指揮するアメリカは日本に野球を普及させるためにさまざまな手を打った。CIE(民間情報教育局)では野球とはどういうスポーツか、どれほど楽しいものかを知らせる野球映画を何本も作り、そのフィルムを日本の山奥にまで持ってゆき上映会を開いた。
黒人最初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンの活躍が日本の子供向け雑誌にも大きく紹介されたとは意外な事実。アメリカが人種差別を克服した国であることを喧伝するいい話題になった。
こうして野球熱が高まり一九四九年には、マイナーリーグのシールズが来日、野球ファンに熱狂で迎えられた。この時、球場で当時は一部の人にしか知られていなかったコカ・コーラが販売された。
野球人気はアメリカの政策によるだけではない。戦前からベーブ・ルースの来日にみるように野球は人気があった。著者が指摘するように戦後のアメリカの政策は従来の友好関係の復活でもあった。
※週刊ポスト2021年12月24日号