【書評】『ルポ デジタルチャイナ体験記』/西谷格・著/PHPビジネス新書/913円
【評者】大塚英志(まんが原作者)
コロナで足が遠のいているが、その少し前まで年に数回、何かと理由をつけて中国に足を運んでいた。面倒で説明もしなかったが、当時中国はまるで80年代バブル前夜のような気配に包まれていて、それを敏感に察知したぼくの学生の一人が中国に移り住んだのが、要はうらやましかったのだ。
ぼくたちの時代に例えれば、まんがやアニメという、とるに足らない領域が文化の前線にどさくさに紛れて飛びだしていき、そこに20代という年齢が重なった時期だ。行き先は見えなかったが不安でもなく多分、どこかに辿りつくという確信だけはあった。
そしてコロナで足が遠のいている間に教え子は、中国でトップ10に入るwebまんが作品の演出家になって寝る暇もない。ただ、かつての日本と違うのはその「どさくさ」で出来上がったのはバブル経済でも専政国家でさえなく、巨大なプラットフォーム国家だという点だ。
アリババと習近平のいざこざは、要はどちらがどちらを呑み込むかで、一体となるというその結末は変わらない。「反共」を今更国是としたらしい日本がデジタル社会・新しい資本主義を目標に掲げたのは、つまりは中国式プラットフォーム国家となることだが、気がつけば、中国は「かつての日本」から「未来の日本」に変わっていた。
コロナの二年の間に中国の若い子たちも変わった。思想弾圧でなく信用スコアが懐柔する柔らかいファシズムの生活への浸透による「愛国化」が劇的に進行した。ネトウヨのように狂信的でなく、しかし「日本スゴイ」を信じる人々のように「中国スゴイ」を信じる世代が台頭し、それが習近平を支える新世代の中間層のメンタリティとなっている。
本書は柔らかなデジタルファシズムのインフラを中国がどう準備してきたか、その最先端と最末端の現場の「前夜」のルポで、「日本の若者のようなホシュ」の登場が、この後からちょうど始まるのだと接木して読むと生々しい。
※週刊ポスト2022年1月1・7日号