【書評】『ハロー、ユーラシア 21世紀「中華」圏の政治思想』/福嶋亮大・著/講談社/2200円
【評者】平山周吉(雑文家)
曹操の魏、劉備の蜀、孫権の呉──お馴染み「三国志」の鼎立のうち、呉だけは「中国の統一」にこだわらなかった。この三世紀の政治状況は、「今日の東アジア情勢を考えるのにも、有益なヒントになる」と『ハロー、ユーラシア』の著者・福嶋亮大は言う。
福嶋は香港をベースに21世紀中華圏を観察している中国文学者である。本書は文明史と政治思想史の観点を導入して、「一帯一路」を推し進める中華「帝国」と、その周辺の香港、台湾、新疆ウイグルを並列化する。地図は自ずと違って描かれる。
返還前の香港は「呉」のポジションをとり、「グローバル・シティとして経済的繁栄を謳歌」したが、21世紀、香港の政治思想は独立志向の「本土」を打ち出した。それは大陸中国の思想界のイデオロギー「天下」への抵抗となる。「がけっぷち」に立つ香港の思想的営為は「文化防衛」論でもある。
我々日本人が知っている中国思想といったら、せいぜい孫文の「三民主義」とか毛沢東思想しかない。本書では、日本にはほとんど紹介されていない、いまを思索する中国系の思想家が続々と登場する。百花斉放というべきか、諸子百家の戦国時代来たるというべきか。経済、人権、民族といったキーワードに収まりきれない中華圏の問題意識、歴史意識があぶり出されていく。
さらにユニークな点は、民族学者の梅棹忠夫が一九五〇年代に提唱した「文明の生態史観」を当てはめ、香港の中国との闘いを、「清帝国の亡霊」との争いの最前線と見做す。
一九四〇年代の大東亜共栄圏を合理化した「近代の超克」論も参照軸として持ち出される。「これは今ならば、一帯一路をアメリカの自由主義ともかつての中国の共産主義とも異なるプロジェクトとして、哲学的に正当化する態度に近い」という。
中華圏の思想を「鏡」とすることによって、日本までが違って見える刺激的な書である。
※週刊ポスト2022年1月1・7日号