【書評】『中国共産党、その百年』/石川禎浩・著/筑摩書房/1980円
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長)
著者は中国の近現代史を専攻する学者である。研究テーマは、中国共産党の成立史。そんな研究者が同党の百年史を、このほどまとめあげた。
周知のとおり、この党は一九二〇年代のはじめごろに産声をあげている。発足したのは上海であった。当時の同党へつどった人たちが、今日の隆盛を予想していたとは思えない。今の党は、大きく躍進した。かつての党とは似ても似つかぬ巨大組織に、なりおおせている。初期共産党の様子をしらべても、今日の分析には役立つまい。そう多くの人は思われよう。
しかし、現在の共産党は、けっこう当初の型をたもっている。ソビエトの指導で、組織をこしらえた。その時に形づくられた枠組が、今なお生きているという。具体的な例も読まされ、いちいち得心した。なるほど、歴史をふりかえることは大事だなと、感心する。
ただ、第一回の党綱領は、アメリカ共産党のそれを手本として作成された。ソビエトの指導をあおぎだしたのは、やや時代が下ってからである。また、それ以後も、ロシア語のできるソビエト留学組は、党内でけむたがられてきた。この本は、そんな人間関係のもつれにも、ページをさいている。
国民党との対立を余儀なくされた初期の共産党は、農山村へもぐりこんだ。そこで、組織をきたえあげている。当時の地方農村は、中央の統治から見はなされていた。だからこそ、共産党の潜入も、やすやすと成功する。この指摘には、なるほどと膝をうった。
しかし、共産党は手本としたソビエトほど強固な機構を、つくれていない。そのため、農村部には、文化大革命の時期でも闇経済が生きのびる。こういう下地が一九七〇年代以後のいわゆる改革開放、資本主義の導入をささえたという。その可能性をのべたくだりにも、感銘をうけた。
こむずかしい社会主義の理論は、必要最低限の言及ですましている。それよりも、生身の人間をとらえようとした好著である。
※週刊ポスト2022年1月1・7日号