【書評】『新訂 孫子』/金谷治・訳注/岩波文庫/726円
【評者】山内昌之(神田外語大学客員教授)
『孫子』は永遠の古典である。軍事だけでなく、政治外交でも示唆を受ける書物にほかならない。現実に、いまの中国共産党と中国政府は、孫子の読み方を自家薬籠中のものにしている。正攻法や陽動戦、陰謀や情報収集の限りを尽くす才において、さすがに孫子を生んだ国だと思うことが多い。
そもそも孫子は、戦上手とは敵に前軍と後軍との連絡ができないようにさせ、大部隊と小部隊が助け合えないようにさせることだと洞察した。
そのうえで、身分の高い者と低い者が互いに救いあわず、上下の者を相互に助け合わせないようにさせ、兵士たちが離散して集合しても整わないようにさせるのが要諦だというのだ。こうしておいて、味方に有利な状況になれば行動を起こし、優勢な情況にならなければじっくりと機会を待つのである(「九地篇第十一」)。
これなどは、日本はじめ関係国の政治家や実業家や知識人に強い支持と礼賛のコアを作り、初めは小さくても、だんだんと勢力圏を拡大するなかで、中国の戦略的利益を確固とする政治手法につながる。それらの国は気がつけば、国内世論が寸断され、昨今では港湾や土地がかつて中国が経験したような租借地に似た様相を呈してしまう。
もっとも孫子は、将軍たる者はもの静かに奥深く仕事をすべきだと述べ、軍の計画を公然と外に知らせないことが肝要だと注意している。しかし、最近の中国共産党は何をするにも声高かつ傲岸にすぎるのではないか。
形勢に応じた変化、状況によって屈伸させる利益とは、自己主張を強くするあまりに周囲の友人・友邦を失わないことを意味する。「人情の理は、察せざるべからざるなり」と。人間の情の自然な道理については、十分に考えなくてはならないというのだ。この孫子の警告は、現代中国がもっとも掬すべき点ではなかろうか。
※週刊ポスト2022年1月1・7日号