いまや大晦日恒例のビッグイベントとなった総合格闘技「RIZIN(ライジン)」。しかし、昨年末に開催された「RIZIN.33」の元K-1王者・久保優太と炎上系 YouTuber・シバターの対戦にヤラセ疑惑が持ち上がっている。
試合は1Rのうちにシバターの飛びつき腕ひしぎ十字固めで決着した。YouTuberであるシバターが世界王者の久保を破るという番狂わせに会場は大いに沸いたが、翌1月1日、久保が意味深長なツイートをしたことで流れは変わった。
〈嘘をつく人生は嫌だな。正直者が馬鹿を見るのか。騙されるより騙される方がいいのか。自分は真面目に誠実に紳士に生きたい。色々疲れた。事の経緯とかも全部きちんと話したい〉
その後、久保の妻の家族が〈八百長なんてふざけんなよ〉とLINEのスクリーンショットをTwitterに投稿した。そこにはシバターと久保によるものらしき〈1ラウンド目うまく時間潰して 2ラウンド目で本気で倒しに来てください〉といったメッセージが記録されている。
さすがに事前に勝敗を決めるような文言はないが、このやりとりが事実であれば、選手同士で試合の流れを事前に打ち合わせていたことになる。ネット上では「ヤラセだ」「八百長だ」という批判の声が続出した。シバターと久保はYouTubeでそれぞれの言い分を主張し、ついに1月6日にはシバターと久保の打ち合わせ時のものとされる音声まで公開された。
暴露系YouTuberとして知られるコレコレが公開した録音データは、久保自身から提供されたものだという。録音データの中で、シバターは「自分の実力では久保さんにほぼ敵わない」として、「私が負けていいんで、台本的なやつを作って、お互い致命傷を与えない約束のもと試合を作るのは可能か、不可能か」と持ちかけており、久保の「俗に言う八百長ってやつですか?」という言葉に対して、「そうですね。プロレスってものです」とあっさり返している。しばらくは陽動作戦を疑っていた様子の久保だったが、シバターに「裏で書面を交わすとか、私が供託金を積むとか、変に約束を破れないようにして、極めてバレない作りができるかどうか考えていきたい」などと説得されて、最終的には彼に言いくるめられていた。
八百長ではなく“申し合わせ”
大勢の格闘家たちが騒動に言及する中、元 ONEライト級世界王者でもある総合格闘家でプロレスラーの青木真也氏は、シバターと久保のやり取りを「八百長でもプロレスでもなく、“申し合わせ”」として捉えている。
「言葉遣いの問題として、まず八百長とは事前に勝敗を決めることです。巷(ちまた)では今回の騒動を『プロレス』だと指す声もありますが、僕は八百長のようなネガティブな意味でプロレスという言葉を使われるのがすごくイヤ。じゃあ、あのやり取りは何かと言えば、ふたりは試合をする上で、何をどこまでするかをお互い“申し合わせ”した。申し合わせというのが、ちょうどいい言葉なのかなと思います」(青木氏、以下同)
では、選手同士の申し合わせは問題ではないのか?
「申し合わせのどこまでがセーフで、どこまでがアウトかを決めるのは、すごく難しいことです。記者会見で『打ち合おうぜ』とか『寝技対決だ』と呼びかけるのは、現状、まったく問題がありません。でも会見後に選手同士がそういう会話をしたらアウトなのか? 試合前に対戦相手と個人的に連絡することが問題だという意見もありますが、もともとの友人と対戦することだってありますよね? 前日に『明日はぶつかっていくぜ』とLINEするのはどうですか?
また、ファイトボーナス(試合内容によって支払われるボーナス)がある場合、双方の選手がタフファイト(持久力などタフさを発揮するような試合)を選択する傾向があるようにも感じます。選手同士がどういうやり取りをしたときはセーフで、どういうやり取りならアウトなのか。その線引きは難しく、だからこそ、これまで曖昧になってきた部分なんです」
シバターや久保をただ批判するだけでなく、今回の騒動をきっかけに“申し合わせ”を取り巻く問題について議論することが必要だ。青木氏はそう冷静に指摘する。
「この話題に言及するファイターたちは、みんな感情的になりすぎている気がします。『あいつと一緒にするな』のように怒ったところで、問題解決には何も繋がっていない。いずれまた同じようなトラブルが起きるでしょう。いかんせん“可燃性”が高い話題なので、前向きに議論するにしても難しい状況になっていることが残念です。僕自身、この問題についてnote(ブログサービス)で取り上げたものの、かなり気を使わざるをえなかった」
その上で、青木氏は久保を「一番恥ずかしい」とバッサリ斬る。
「業界のための問題提起をしたいわけではなく、要するに『こんな申し合わせをしていたのにズルい』って言っているわけじゃないですか。そんな恥ずかしいこと、よく言えるな。それが僕の正直な感想ですね。格闘家というのも、ひとつの表現者。表現者としての矜持に欠けているように感じます。今の時代、僕がそういうものを大事にしすぎているだけなのかもしれませんが……」
このまま炎上が続けば「RIZIN」という興行自体を揺るがしかねないが、運営側は事態の収拾をどのようにつけるのか。そしてその場合、“選手間の個人的なやり取り”という長年曖昧にされてきた部分にも一定のルールが設けられるのか──。