1972年に“ワイルドな17歳”のキャッチフレーズでデビューした西城秀樹さん(享年63)。野口五郎、郷ひろみとともに“新御三家”と呼ばれた昭和のトップアイドルだ。2001年に脳梗塞を発症して以来、病と闘いながらリハビリを続け、歌手活動を行うものの、2018年に急性心不全のため逝去した。そんな秀樹さんの最後の食卓には、どんな料理が並んでいたのか。(※文中は敬称略)
妻の手料理を頬張り“おいしいよ“と一言
サラダや汁物を先に出し、食べ終えた頃を見計らって肉料理を出すのが、西城家の食卓の決まりだった。
「秀樹さんは野菜が苦手で、いつもお皿を避けてしまうので、野菜を食べないとお肉は出てこないよ~、とわざと言うんです。するとしぶしぶ食べてくれました」と、妻の木本美紀さん。
家族と最後に食卓を囲んだのは、リハビリから戻った夜。いつも通り18時過ぎだった。
「メインディッシュは、秀樹さんと子供たちが大好きなスペアリブ。その頃は話すのもスムーズではなかったのですが、『おいしいよ』と言ってくれました」(美紀さん)
だが、食事を終えた19時頃、家族団欒のときを過ごしていると、突如、秀樹は体をこわばらせて、動かなくなった。すぐに救急車で病院に運ばれたが、意識は戻らず、22日後に静かに息を引き取った。
糖尿病を患いながら何度も脳梗塞を繰り返し、テレビや舞台で見せる元気な姿の裏で、17年もの間、病と闘っていた秀樹。懸命にリハビリを続け、最後までステージに立つことを諦めない気力を支えたのは、愛妻の手料理と家族との愛があふれる食卓だった。
自宅のバーベキューでもスペアリブが一番の好物
うれしそうにスペアリブを食べる秀樹。家族や仲間と自宅でバーベキューを行った際の一枚。美紀さんが作るスペアリブはお気に入りの一品だった。
最後の晩餐は、食べきれる量を少しずつお皿に盛った。サラダ、ポトフ、スペアリブ、大好きな白いご飯を順に食して完食。美紀さんは痩せていく秀樹のために、彩りよく食欲をそそる盛り付けを工夫し、おいしく楽しく食べてほしいと気を配った。
撮影/鈴木江実子 調理・スタイリング/ダンノマリコ 取材・文/スペースリーブ(湯山幸奈、加藤瞳)
※女性セブン2022年1月20・27日号