【書評】『源氏将軍断絶 なぜ頼朝の血は三代で途絶えたか』/坂井孝一・著/PHP新書/1122円
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長)
NHKが今年放送する大河ドラマは、『鎌倉殿の13人』である。鎌倉幕府の草創期が舞台となる。ここに言う十三人は、二代将軍源頼家のささえとなった御家人、宿老たちをさす。
頼家には、わがままなところがあった。彼の暴走をおさえたい。そんな思惑から、初代源頼朝の総領息子は実権のない将軍としてまつりあげられた。政治の運営は、十三人の合議制ですすめられるようになっていく。これまでは、『吾妻鏡』の記録にしたがい、以上のような歴史が語られてきた。
しかし、十三人がじっさいにあつまったことは、一度もない。彼らの合議制はフィクションである。そうこの本で喝破する著者が、今年は大河ドラマの時代考証をになう当事者になっている。十三人の合議は嘘だという研究者が、『鎌倉殿の13人』をささえることになる。いったい、大河はどうころがっていくのか。その成り行きが、たのしみでなくもない。
『吾妻鏡』は、鎌倉幕府の公的と言ってよい歴史の記録である。しかし、その内容は執権の北条氏をことほぐ都合で、けっこうゆがめられた。身勝手な将軍頼家像も、同じ事情により誇張されている。三代将軍源実朝の暗君ぶりも信じるにあたいしないと、著者は言う。さらに、叙述のそこかしこで、京都側の記録である『明月記』や『愚管抄』を活用した。
そういう作業をへて、鎌倉前期の歴史は、新しい相貌とともに浮上する。とりわけ、私は和田合戦の斬新な読み解きに、強い感銘をうけた。合戦でもめあった御家人たちの居館を地図でしめされ、多くのことが腑におちている。京都側の『明月記』がはらむ情報の混乱も、見事に解きほぐされたと思う。史料としての命が、ふきこまれたようにもうけとめた。
この時代に関する私の見取図は、おおむね永井路子の歴史小説でできている。それでつちかわれた思いこみは、ずいぶん修正された。しかし、同時に彼女の史眼がたいそうすぐれていたことも、再認識させられたしだいである。
※週刊ポスト2022年1月28日号