【書評】『グリーン・ニューディール──世界を動かすガバニング・アジェンダ』/明日香壽川・著/岩波新書/946円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
地球温暖化が「アラブの春」を引き起こしていたというのが、いまや定説になっている。温暖化によって風の流れが変わり、シリア地方の降雨量を減少させたことで史上最悪の干ばつが発生。「すでにイラク難民であふれていた国境沿いの都市に150万人以上のシリア農民」が流入し、行き場を失った彼らの不満と怒りが「反政府革命暴動」へとつながっていった。
英国のシンクタンクは、温暖化による洪水や干ばつが今後もすすめば、「2030~2050年」には「7億2000万の人々が貧困層」に転落すると予測。これは世界人口の約1割が、飢餓に直面する可能性を意味する。
1997年の「京都会議(COP3)」にオブザーバー参加するなど、長く温暖化問題を研究してきた著者は、急進的な活動家のように温室効果ガスの削減を教条的に唱えたりしない。世界の研究機関やNGOなどが公表した一次資料を駆使し、「雇用創出や景気回復を達成しつつ」、地球環境を立て直すための「グリーン・ニューディール」を提唱する。
すでに風力と太陽光による再生可能エネルギーは「原子力発電および石炭火力の半分以下」の発電コストで調達できる。にもかかわらず、日本でその転換が進まないのは、「東京電力を代表とする電力産業、新日鉄(現日本製鉄)を代表とする鉄鋼業、トヨタを代表とする自動車産業が温暖化対策に消極的」だからだという。
なにより日本の「政治家や官僚の言葉は空疎」に尽きる。一方で、温暖化対策を牽引しているEUでは「グリーン・ニューディール」に必要な財源を確保し、「総額で7500億ユーロ(約94兆円)」の基金を作り、CO2排出量を「100%以上削減する」取り組みに邁進している。
周回遅れの日本が、「2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)」の国際公約を達成できないのがほぼ確実ななか、著者は漫画『北斗の拳』の主人公のセリフ、「お前はもう死んでいる」と世界から告げられる日を危惧している。
※週刊ポスト2022年1月28日号