マスクの下で笑みを浮かべているのがわかった。1月16日、朝日杯将棋オープン戦準々決勝。永瀬拓矢王座が藤井聡太竜王を撃破し、自ら「大金星」と語る勝利を挙げた。
最強の相手に勝ったことはもちろん、藤井と将棋を指してじっくり検討できることが永瀬は嬉しくてたまらないようだった。対局翌日に発売された本誌・週刊ポスト2022年1月28日号の永瀬インタビューは“藤井愛”に溢れていると反響が寄せられたが、まさにそんな様子だった。両者笑顔の感想戦は1時間近くになっても終わる気配がない。スタッフに「帰りの時間があるのでそろそろ……」と言われ、残念そうにお開きにしたのはファンの間でも話題になった。
「将棋の鬼」の永瀬には、このような没入系の逸話が山ほどある。
2016年、永瀬は棋聖戦で羽生善治九段に挑戦した。1勝1敗で迎えた第3局で事件は起こった。開始1時間半ほどで「照明が当たって駒が光る」と永瀬が主張し、対局は異例の中断。結局、照明の影響が少ないであろう廊下に近い部屋の片隅に盤が移され、異様な空間ができた。羽生が「こ、ここでやるんですかあ」と呆れていたのを思い出す。額に冷却シートを張った永瀬は羽生を気にする様子もなく、ただ盤上をにらんでいた。
この時、永瀬は23歳で、タイトル戦への挑戦は初めて。普段は謙虚な若手が、将棋界では神のような存在の羽生に物怖じせず主張したのだ。そしてこの対局は永瀬が制した。
棋士にとって対局中の食事は勝負の大事な要素だ。2019年4月に台湾で開催された第4期叡王戦第1局で、挑戦者・永瀬の注文した昼食には仰天させられた。
「揚州チャーハン、小籠包、豚肉とへちまとえび蒸餃子、麻婆豆腐、クラブハウスサンド、グレープフルーツジュース、ホットコーヒー」