寒さが身に染みるこの季節。暖かい部屋でゆっくりと読みたい、おすすめの新刊4冊を紹介する。
『ミチクサ先生』
伊集院静/講談社/上下巻各1870円
東京帝大の英語教師、夏目漱石の初小説『吾輩は猫である』は、正岡子規ゆかりの俳句誌「ホトトギス」で発表された。好評を契機に38才だった遅咲き漱石の怒濤の創作活動が始まる(49才没)。恥かきっ子として養子に出され、芝居や落語に親しんだ漱石の生涯を描く大河小説で、子規との出会いと友情の部分が特に清々しい。国も人も若かった、明治という時代の息吹も楽しんで。
『ひとりでカラカサさしてゆく』
江國香織/新潮社/1760円
お洒落な82才の知佐子、品のいい86才の完爾と80才の勉。出版社の同僚だった3人は大晦日にホテルの一室で集団猟銃自殺を遂げる。物語は遺族や知人達の間に広がるさざ波を日常の中に描く。号泣、後悔、愛惜。作家の踏子や留学中の葉月など孫世代の追憶が明るい。集団自殺でも、3人とも面白い人生だったと充足して個々に旅立った。生者にも死者にも言える題名が美しい。
『東海林さだおアンソロジー 人間は哀れである』
東海林さだお著/平松洋子編/ちくま文庫/968円
表題作は、傘を差して自転車を漕ぐ姿から人間は哀れであると悟った少年の日の原体験に、30代の確認体験、とどめに貴乃花優勝の日が登場する。著者が目をとめたのは「感動した」小泉首相の足元が茶色いスリッパだったこと。スリッパ一つで台無しになる権威の空虚さ。他に「明るい自殺」などは、偶然にも上の江國小説の解説を読むようで興奮する。編者との対談2編も併録。
『そして陰謀が教授を潰した 青山学院春木教授事件 四十五年目の真実』
早瀬圭一/小学館文庫/858円
テーマは1973年、法学部教授が強制猥褻などで起訴された事件。地上げの帝王と親しかった被害者T子の行動は不可解だらけ。が、裁判では教授に有利な証言は無視され、3年の実刑判決が下った。この理不尽を解説の姫野カオルコさんは「腹が立つ」と書くが、胸糞悪い。裁かれるのは(立証責任を持つ)検事という原則がこの国にはない。著者の執念に頭を垂れ、司法に絶望する。
文/温水ゆかり
※女性セブン2022年2月3日号