3月9日の韓国大統領選が間近に迫り、韓国世論を騒がせているのが、候補者同士による「薄毛対策論争」だ。与党「共に民主党」の候補である李在明(イ・ジェミョン)氏が「脱毛治療」の健康保険適用を公約に掲げると、李氏の最大のライバルである野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補が「亡国のポピュリズムだ」と批判。選挙戦は大接戦の様相を呈しているが、思わぬテーマで論争が盛り上がりを見せている。
結果として、20~30代の若者を中心に、李氏の公約に歓迎の声が上がっているという。北朝鮮問題をはじめとする外交政策や広がる経済格差の是正など課題は山積みのはずだが、なぜ「薄毛」が注目されるのか。国際政治が専門で、韓国政治に詳しい札幌学院大学の清水敏行教授は、自身が韓国に留学した経験を振り返りながら「当時にはずいぶんと薄毛をバカにされたものです」と苦笑いする。そのうえで清水教授はこう続ける。
「韓国では、薄毛が不利になると感じられる場面が少なくありません。親しくしていた学生の間では“薄毛だと就職活動で失敗する”といった噂がまことしやかに囁かれていました。彼らにとっては、薄毛は切実な問題なのだと実感しました。
そもそも、韓国で影響力の大きい儒教は長幼の序を重んじる思想で、『親からもらった体に傷をつけてはならない』という教えがあります。それは頭髪についても言えることで、頭を丸めるといった行為には相当な勇気や決心が必要になると聞きます。反日デモなどでバリカンを使って頭を丸めるのは、それだけの覚悟があるという決意表明のため。同様に、毛が抜けていく薄毛にも抵抗感があると考えられます」
さらに、現代の韓国は厳しい学歴社会で「勝ち組/負け組」の格差が広がり、若者たちにはストレスが原因の薄毛が増加しているとも指摘されている。そのため、「薄毛対策の公約が若い人たちに歓迎されているのでしょう」と清水氏はみる。
とはいえ、国家元首を決める大統領選において、候補者が「薄毛対策」を公約に掲げるのは他の国では聞いたことがないように思われる。そんな素朴な疑問に対して、「韓国では歴代大統領も全員“頭髪”に気を使ってきたはずです」と指摘するのは、コリア・レポート編集長の辺真一氏だ。
「歴代の韓国大統領の頭髪を見ると、だいたいフサフサかつ黒々としている。薄い印象があるのは全斗換(チョン・ドゥファン)元大統領ぐらいではないでしょうか。また、薄毛だけでなく、白髪も好まれません。“白髪は苦労している証”とされ、自分が白髪だと、年上の人に対して失礼にあたるという考え方もあります。今回の候補でいうと、李氏は最近白髪を染めました。対して、尹氏は昔より“増えた”印象がありますね」
韓国で「薄毛対策公約」が盛り上がるのには、特有の事情があるようだ。