【書評】『ペッパーズ・ゴースト』/伊坂幸太郎・著/朝日新聞出版/1870円
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
「ペッパーズ・ゴースト」とは、疑似ホログラム映像のこと。透明な反射板を用いて、別な場所にいる人物などを空中に映し出す手法で、ディズニーランドのホーンテッドマンションなどで使われている。つまり、あなたの目に見えているものの実在性を、本書のタイトルは問うているのだ。
ニーチェの永遠回帰の思想が引用される。すべてのものは始まりも終わりもなく、永劫に繰り返すというものだ。作中に幾度も引かれるのは、ツァラトゥストラの名言、「これが、生きるってことだったのか。よし、もう一度!」である。
物語は、楽観主義者の「アメショー」と悲観主義者の「ロシアンブル」という、対照的な男性二人組の話で幕開けする。彼らは猫の虐待者およびその“応援者”に対して残虐な処罰を下してまわっている雇われ復讐人だ。ところが、この挿話はある女子中学生の書いている作中作であり、それを彼女の国語教師が読んで、アドバイスなどを与えているのだと判明する。
この教師「檀千郷」には、他人の未来が見えてしまうという、一族の男性に代々伝わる秘密の超能力が備わっている。その予知能力は〈先行上映〉と身内の間では呼ばれているが、檀は未来を知ったからといって、災いを阻止することはほとんどできない。
未来を変えられないことに無力感と虚無感を覚える彼は、あることをきっかけに、数年前に起きた人質籠城爆破事件の被害者遺族と、彼らの企みに巻きこまれていく。やがて、檀の読んでいた作中作と現実が驚くべき交わりを見せ……。
爆破事件はなぜ悲劇的な結末を迎えたのか? 遺族たちの企みの目的とは? 人間がなにをしても世界の道行きは変えられないのか? 現実とはなにか、未来とはなにか、読者はつねに問いかけられる。これは、過酷な現実を前に生きる光を持ち続ける果敢な人々の物語だ。ニヒリズム思想を取り入れながら、それを希望へと転換する伊坂マジックを堪能いただきたい。
※週刊ポスト2022年2月11日号