静岡・聖隷クリストファーの校長室には、コロナ禍によって甲子園が中止となった2年前の夏の静岡県独自大会を制した記念の盾が飾られていた。
「甲子園とは縁がないんでしょうか……」
NEWSポストセブンにおける筆者の単独インタビューにそう漏らしたのは、昨秋の東海大会で準優勝し、今春のセンバツへの出場が確実視されていた上村敏正監督(64)だ。聖隷は春夏を通じて一度も甲子園に出場したことがない。そして今回も、代表は昨秋の東海大会でベスト4だった大垣日大(岐阜)に決まった。校長でもある上村監督は言葉を慎重に選びながらやりきれない心痛を吐露していた。
「教育者として、能力はなくても試合という本番で力を発揮できる選手を育ててきたつもりです。そしてそれを体現してくれたのがこのチームだった。甲子園の夢を追いかけ、東海大会で準優勝し、選手は100%甲子園に出場できると信じていた。それがなくなったショックは計り知れません」
同校が加盟する静岡県高野連は既に抗議行動を起こさないと表明したが、そうした弱腰の姿勢では騒動の火種に油を注ぐだけだろう。
今回の選考の問題は、選考委員会が大垣日大の選出理由に「個人の力量に勝る」ことを挙げたことだ。聖隷はエースと正捕手をケガで欠きながら、東海大会を奇跡的な逆転劇で勝ち上がった。「高校野球は教育の一環」を標榜する高野連なら、個に頼るよりも、総合力で戦う聖隷のような野球こそ賞賛すべきではないか。
上村監督は浜松商業や掛川西を率いて春5度、夏3度の甲子園出場経験を持つ。1980年代は厳しい指導で知られたが、筆者にはその面影は微塵も感じられず、孫の成長を見守る好々爺のようだった。「出場が決まれば、高校野球にご奉公できたと思えたのですが……」と声を詰まらせた上村監督の無念は計り知れない。
代表に決まった大垣日大の選手に非はない。騒動を収束に向かわせる手段はひとつだろう。聖隷と大垣日大の同時出場だ。現状の32校に聖隷を加え、33校でトーナメントを実施する。この英断を下した時のみ、高野連への批難は一転、賞賛へと変わる可能性を秘めている。
取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)
※週刊ポスト2022年2月18・25日号