時代小説のベストセラー作品から、物語を彩り、江戸情緒を映し出す旨いものを再現。そのレシピとともに紹介しよう
●高田郁『夏天の虹 みをつくし料理帖』(ハルキ文庫)の『忘れ貝─牡蠣の宝船』より
店主は迷うことなく、
ふっくらと膨らんだ牡蠣を摘まんだ。
まずはそのまま。
熱かったのだろう、
はふっと息をひとつ吐く。
ついで、はふはふと噛み始めた。
「昆布の旨味が牡蠣に移って、
こいつぁ何とも」
続けて、柚子をぎゅっと船の中へ絞り込む。
独特の爽やかな香りにうっとりとしながら、
熱い牡蠣を口へと運ぶ。
【作品紹介】
大坂を襲った水害で天涯孤独となった少女・澪が、奉公していた大坂一の料理屋の再興をかなえるため江戸に来る。人々の助けを得ながら苦難を乗り越え、一流の女料理人になるまでの成長を描く人情小説。澪が苦心し思いをこめて生み出す創作料理が、一話一話に登場する。
【牡蠣の宝船】
牡蠣は深川浦でよく獲れた貝類の一つ。江戸時代の節約おかず番付『日々徳用倹約料理角力取組』に「牡蠣なます」「牡蠣のわた煮」が掲載されていることからも、安価な食材だったと思われる。
〈材料〉1舟分
剥き牡蠣…3~5個、日高昆布…1枚(幅12cm程、 長さ25cm程)、酒…大さじ 2分の1、干瓢…適宜、柚子…適宜
〈下準備〉
*昆布は水に浸けて、柔らかく戻しておく(旨味が逃げるので浸け過ぎに注意)。
*干瓢は戻しておく。
〈作り方〉
【1】昆布は船形にする。両端を干瓢で結んで、指で底を広げるようにして形を整える。
【2】【1】の底に牡蠣を並べて、網に載せて火にかける。
【3】昆布に火が回ったら、牡蠣に酒を振りかけて蒸し焼きにする。
【4】牡蠣に火が通れば完成。お好みで柚子を絞り入れ、はふはふして食す。
レシピは、『夏天の虹 みをつくし料理帖』(ハルキ文庫)の巻末付録「澪の料理帖」を元にした。